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オオカミ娘の転身とモフりたい魔術師  作者: es


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06_逃走

 眼鏡男の顔を見て、さあっと血の気が引く。青くなったあたしを宥めるように、彼は口を開いた。


「落ち着け。僕はお前と話がしたいだけだ」

「こっちには話なんてないよ!」


 トラップ仕掛けやがったのは、こいつだったのかぁ……! さっさと逃げないと!


 がばっと本棚に背中をはりつかせて、ジリジリと少しずつ移動していく。

 怯えるあたしを見つめていた魔術師は、ふと物憂げなため息をついた。


「盗掘ファル。繰り返すが、僕はお前に危害を加えるつもりはない」

「うそだぁ!」


 うろんな目つきで睨んで叫ぶと、眼鏡男はかすかに苦笑した。


「……あのトラップはお前専用で、ここに飛ぶように設定してあったんだ」

「何それ。どういう意味よ」


 警戒しながら尋ねると、眼鏡男は若干得意そうな顔になった。


「"人狼"の毛って魔力を帯びてるんだな。僕の服についてたのを使ったら、お前にだけ反応する魔方陣が組めた」


 ほう。よくわからないけどすごいね。


「それを使って、お前が来そうな遺跡に片っ端から罠をはっといたんだ。トータル100個くらい」


 なるほど……宮廷魔術師って無駄に勤勉だなぁ!

 しかも毛って。なんかすごくイヤ。


「やだ、キモ……」

「あぁ!?」


 あ。ついポロリと本音が。

 変態扱いされて真っ赤になる眼鏡男。ちょっとかわいいと思わなくもない。……でも今は、赤くなった顔をじとりと眺めて、楽しんでる場合じゃない。


「バッカだなぁ、あたしは簡単に捕まってなんかやんないよ」


 にやっと笑った次の瞬間、ダン!と強く床を蹴った。体を丸め、右側の窓に体当たりする。

 ガシャーン!と硝子が割れるけたたましい音とともに、あたしの体は窓を突き破って落下していた。


「おいっ!」


 焦った声を聞きながら、くるっと空中で一回転して、スタッと着地する。

 ふふ。窓から見える木の高さで、この部屋は二階だと当たりをつけていたのだ。"人狼"なら、二階から飛び降りるくらいわけない。五階とかだとさすがにきついけどね!


「…………あれ?」


 辺りを見回して、おかしいな、と首をかしげる。

 お尋ね者のあたしを捕まえるために、城か魔術師の塔に転移させられたとばかり思ってたけど……どうも様子が違う。城の庭園にしては小さい。こじんまりしすぎてるような。


 振り向くと、そこに建っていたのは小さな邸宅で、どう見ても個人所有の家だった。

 ここは……眼鏡男の自宅?

 振り仰ぐと、目を丸くした眼鏡男が、壊れた窓からあたしを見下ろしていた。


 あらら。窓壊しちゃってごめん。でも修理代は払えないや。お金ないし。

 それと……良い値段で売れそうな魔術書一冊、失敬させていただきました!

 べーっと舌を出して、手に持った本を軽く振った。そして、さっと身を翻す。


「じゃーね!」

「待て!!」


 待たねーよ!

 彼の制止をふりきって、あたしは塀を軽々飛び越え、町のなかに走り去ったのだった。




 +++++




 眼鏡男の自宅(?)から逃走し、雑踏に紛れこむ。

 フードを深めにかぶって、注意深くまわりを窺ったけれど、追手はいないようだった。


 ……ほんと何だったんだろ。

 たくさんの疑問符が浮かんで、歩きながら考え込んだ。

 本気であたしを捕まえるつもりなら、普通は自分の家に飛ばすなんて、まだるっこしいことはしない。

 しかも一対一。攻撃されたらどうする気だったんだろう。自分を危険に晒して、あの男は何がしたかったのか。謎すぎる。


「ま、いっかぁ」


 疑問の全てを頭の端に押しやる。わかんないことを考えても仕方ない。

 さてここはどの町だろう。周囲を見回すと、遠くに大きな建物が見えた。あれは────公国の大公が住まう城だ。


 あたしは暫し立ち止まって城を眺めながら、ふふっと笑った。

 盗掘には失敗したけど、中央の都なら助けてくれそうな知人が何人かいる。たとえばあの店なら、この魔術書の買い取りもしてくれるはず。


 本来は、この都があたしの拠点だ。最近滞在してたリゼットは都から遠かったから、こっちに戻って来たのは久しぶりだった。


 お金もないし、都にはもう帰れないかもと思ってたけど、トラップに引っ掛かってかえって良かったのかな。

 目立たないように、あたしは軽く俯く。そして、軽くなった足どりで、知人の魔術師の店に向かって歩きだしたのだった。




 その店は、寂れた小さな裏通りにあった。

 看板もないから、一見そこが店だとわからない。扉には魔術がかかっていて、店主が許可した者しか入れないようになっていた。

 両開きのドアをカランと押し開けると、所狭しと並べられた"商品"が目に入る。……そう。これらはすべて盗品だ。

 この店は、あたしの取引先の一つ。"裏通りの骨董屋"だった。


「こんにちは、ユンナ。ひさしぶりー」

「あれ、ファルちゃんじゃないですか。地下遺跡で騎士団に待ち伏せされたって聞きましたが、無事だったんですね!」


 よかったです、と美しいエルフの女魔術師は、ほわりと笑った。

 しかし、だ。少女めいた、ふわふわした外見に騙されてはいけない。ユンナは齢200歳を軽く越える老エルフで、長いこと盗品専門の店をやってきた強者(つわもの)なのである。


 あたしは盗掘品の質を認められて、彼女とは仲良くさせてもらってる。査定はシビアだけど、基本的にいいひと。


「……それがさぁ、聞いてよユンナ!」

「なんですか?」

「今日仕事しにいったら、遺跡の入口でトラップに引っ掛かって、何でか、眼鏡かけた宮廷魔術師の自宅に飛ばされちゃったの!窓破って逃げたけど、自宅に飛ばすとか意味わかんないよね!」

「……眼鏡。それって、金髪のやたらきれいな顔した男ですか?」

「え、すごいね。なんでわかったの。そいつ、有名人?」

「有名も何も、クランの宮廷魔術師で今一番実力があるって言われてる、"月白の魔術師"エドアルド・カースティンだと思いますけど……」


 そこで何かに気づいたように、ユンナはさっと顔色を変えた。


「……ファルちゃん、あなた魔術で追尾されてますよ!」

「へ?うそっ……!」


 ユンナが叫ぶのと同時に、パリンと軽い音が響いた。入口の結界が破られた音だと気づいた時には、扉が開いて誰かが店に入ってきた。


「話がしたいだけだと言っただろ。逃げるな」


 驚きとともに振り返ると、苦虫を千匹ほど噛み潰したような不機嫌な眼鏡男────"月白の魔術師"エドアルド・カースティンが扉のこちら側に立っていた。


「ひぇ!噂をすれば現れましたァ……!!」

「ぎゃーー!!ストーカー!?」

「誰がストーカーだ!」


 青筋を浮かべたエドアルドが、何事かを呟く。するとあたしの足元に魔方陣が現れ、そこからしゅるりと光の蔦が伸びて、あたしの体に絡みついた。


「ぎゃーー!!緊縛とか変態!?」

「"捕縛"だ!変態いうな!」


 エドアルドの青筋が増えた。


「ファルちゃんごめんなさいね!!」

「え、ユンナ!?待ってー!」


 エルフの女魔術師は一言謝ると、あたしを見捨ててあっという間に転移魔術で逃げてしまった。

 残されたあたしはガクリとうなだれた。命運尽きた。終わったわ……



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