05_再会
街道沿いを暫く歩くと、麓の村からさほど遠くない、リゼットという街にたどり着いた。
「ふわぁ、つかれたぁ」
リゼットは森林の畔にある。最近拠点にしてた街だ。大きくもなく、小さくもなく、わりと何でも揃う。
リゼットの一角に借りた隠れ家に寄ったあたしは、久しぶりのベッドでぐっすり眠った。
そしてシャッキリ目覚めた、次の朝。
「盗賊から足を洗おう」
あたしは本気で決意した。
遺跡で命懸けの鬼ごっことか、二度と御免だ。
騎士団や宮廷魔術師を相手にするなんて、個人でやってる盗賊には荷が重すぎる。命がいくつあっても足りない。無理。
今回助かったのは単に運が良かっただけ。運と実力を混同するほど、あたしはバカじゃない。
……そうだ、運命を司る星神さまに感謝しとこ。験担ぎは大事。
いそいそと窓辺に立って祈りを捧げる。それを終えると、深くため息をついた。
廃業したいと思うに至った理由は、それだけじゃない。数ある裏家業の中から盗掘を選んだのは、荒事や殺しが苦手だったからだ。
必要とあらば相手を叩きのめすし、「暗殺者向きの能力だよね」と盗賊仲間に言われたこともあったけど、あたしは流血沙汰があまり好きじゃない。
戦闘狂の盗賊だっていることはいるけどね。でもあたしは至って穏健派。
ど田舎生まれで、鹿や猪はよく狩ってたけど、食料として山の恵みをいただくのと、ひとごろしはやっぱり違う。追手と血みどろの戦いをしてまで、盗掘したいとは思えなかった。
────というわけで一念発起して、あたしは転職先を探しはじめた。しかしこれが……全然うまくいかなかった。
なんでかって?
あたしの手配書が、町中にばらまかれてたからだ。おのれ、騎士団……
食堂の張り紙見て、配膳係に応募したら、面接で待ち構えてたのが警備隊とかさぁ……
どんな圧迫面接だよ……
とりあえず、その面接からは死ぬ気で逃げた。
そして考えた。こうなったら、顔も名前も割れてない、遠い国に移動する以外にないんじゃないか、と。
……ただ、現実はキビシイ。
今回の、盗掘の成果はゼロ。つまり売れるものがない。武器も防具もない。
ないない尽くしで財布はカッスカス。旅費どころか、今月の食費さえ危うい。
どうにか資金を稼がねば……とあたしは熟考した。
解決策はひとつ。最後の盗掘でがっぽり稼いで、有終の美を飾って国外逃亡だぁ!
あたしはさっそく、近場の遺跡の情報収集を始めた。短剣も一本購入。騎士団の動向を含め、入念に下調べして、リゼットの東にある古神殿に潜ることに決めた。
どうでもいいけど、あたしは双剣使いなのに、剣一本しかないってダサすぎる……
貧乏しんど……
++++++
前回の盗掘から、三週間後。
森に埋もれるように佇む古神殿跡を見上げて、ぐっと拳を握りしめる。
「……よっし、がんばるぞー!」
国外逃亡して脱・盗賊したら、おしゃれなカフェの店員さんになりたい。そして優しくて素敵な恋人をつくるんだ!
壮大な夢を胸に、深呼吸して辺りの気配を窺う。……うん。近くにトラップはない。騎士団の拠点も遠いから、ここはノーマークのはず……
目線を上げれば、視界に映るのは、古びて苔むした大きな石門。それから、巨石を割るように這う、大木の根。ここはかつての裏門だ。
「おじゃましまーす……」
あたしはそろーっと門をくぐった。
木の根や風雨に浸食された石門は、ここがはるか昔の建造物であると、静寂のなかに物語る。
荘厳だなぁとは思うけど、どの時代の、何を祀った神殿かは定かではない。正直に言うと、そこはどうでもよかった。
大事なのは、お宝があるかどうか。それが盗賊基準だ。
ちなみに、遺跡探索そのものは大好き。
遺跡に入る瞬間なんて、すごくワクワクするよね。どんなお宝に会えるのかなって想像したら、胸が高鳴って仕方ない。
そうだなぁ……
最高ランクのお宝は、神世の聖具。すっごいレアアイテムだから、簡単には見つからないけどね。
きれいな絵付けの古皿も良い。知人にコレクターがいるから、高値で買い取ってもらえる。
とにかくお金になるもの頼みますよ……と祈りながら、古神殿の敷地に侵入する。そして門を通り抜けた瞬間。
────足元で突然、魔方陣が光った。
「うっえぇええ!!?」
しまった、と思った時にはすでに遅かった。ムギギギ……ともがいても、魔方陣にがっつり捕らわれて身動きが取れない。
「さっきはトラップなんて感知しなかったのに……!」
どんだけ入念に隠したんだよ。"人狼"の感覚に引っ掛からないなんて相当だ。くそっ。
もがいているうちに、魔方陣は真ん中から新たな紋様を描きはじめた。瞬く間に、元の紋様を上書きしていく。
うげー。二段トラップなんて聞いてないよ。
半分パニックになったあたしの目に映る景色が、ぐるりと歪む。転移魔術だと気づいた時には、もう、見知らぬ場所に飛ばされていた。
+++++
「なに。どこ、ここ……」
気がつくと、どこかの部屋の床に呆然と踞っていた。
……薄暗いその部屋は、壁一面が作り付けの本棚になっている。誰かの書斎だろうか。
本棚には古めかしい蔵書がぎっしり詰まっていて、棚に入りきらずにあふれた本が、床やテーブルにたくさん積まれていた。まるで本の森だ。
「……あの魔術書、高値で売れそう」
きょろきょろ辺りを見回して、表紙に高そうな魔石をあしらった本に目を留める。
すると本の山の隙間から、呆れかえった声がした。
「……僕の前で物色するとは、お前は本当にいい度胸だな」
「……!?」
「三週間ぶりだな、盗賊ファル」
書物で埋もれた机に座ってあたしを見下ろしていたのは、何と────あの小部屋に一緒に閉じこめられた魔術師、眼鏡男だった。
おー、無事に脱出できたんだ、よかったね!
でも別に再会とかしたくなかったな!




