02_人狼
──あたしの名は、ファル。
現在、騎士団小隊と魔術師の追手から絶賛逃走中の、盗掘専門の盗賊だ。
今でこそこんな身の上だけど、あたしの元々の出身は、「こんな所にひとが住んでるの?」と誰もが首をかしげそうな、渓谷の先の深い森にひっそり佇む小さな隠れ里だった。
その辺鄙な山奥の里に、代々住んでいたわが一族は、"人狼"と呼ばれる、とてもレアな種族だった。
"人狼"という種族は、身体能力が極めて高く、狩りをさせれば勇猛果敢だ。しかし気性は穏やかで、争いを好まず、森を愛する自然派でもある。あるいは、究極の田舎者とも言う。
そんなあたしたち"人狼"は、存在自体が珍しいからか、わりと誤解を受けやすい。
その一つが、"人狼"は獣人族の一部族、というものだ。
でもこれは完全に誤り。"人狼"と獣人族は、異なるルーツと生態を持つ、全く別の種族なのだ。
"人狼"はふだん、人族と同じ姿をしている。耳も尾もないし、毛だって頭とか……あるべきところにしかない。
他にどことは言わせないでほしい。
さらに"人狼"特有の特徴に、変身能力がある。あたしたちは、自分の意志で、あるいは弱った時なんかに、"獣型"──「狼」に変身するのだ。
つまり、"人狼"は時々変身して全身モフモフ。獣人族は、ケモ耳ケモ尾など、体の一部が常にモフモフ。この違いを、おわかりいただけただろうか。
でも、こんなに違うにも関わらず、「でも獣人の派生でしょ」などと言われたりする。実はそれも違う。
そもそも、"人狼"のルーツは地上の生命ではない。元をたどれば、冥界からやって来た魔物であったのだ。
──はるか昔、"神世"と呼ばれた神の時代。
"人狼"のご先祖は、ほかの魔物たちと一緒に、地上を蹂躙すべくこっちに押し掛けてきた。
あたしが言うのも何だけど、すっごく迷惑な話だよね……
それで、いざ地上に来てみたら。
何ということでしょう。ご先祖は、地上の美しさにすっかり魅了されてしまった。
この大地に骨を埋めたいと願った彼らは、他の魔物たちとスッパリ縁を切って、地上に永住すると決めた。なかなかの掌返しである。
そうやって地上に居着いた魔物は、"人狼"の他にもいる。"人豹"や"氷妖"なんかがそうだ。「みんなで移住すればこわくない」の精神だったのだろう。
しかし地上に住むには、神々の許可が必要だった。そこで、「他の種族と仲良くするならいいよ」と快く永住許可をくれたのが、"星海"一の美神と名高い月の神様だ。
「だから私たちは満月の晩、狼になって遠吠えしたくなるのよ」と母は言っていた。若干ホントか疑わしいが、一応そういうことになっている。
そうして地上に住みはじめた"人狼"だけど……残念なことに、長い月日の間にずいぶん数が減ってしまった。とはいえ、元から少なかったから、そういう運命だったのかもしれない。
最大で五つあった"人狼"の里も、近年二つにまで減った。あたしの里も、両親とあたしと弟、老夫婦一組だけになった。まさに限界集落。
これじゃ里として成り立たないよね……てことで、もう一つの里に合流することなったのが五年前。
その時、「ファルはどうする?」と母に聞かれ、あたしは、ずっと憧れていた外の世界に行くことに決めた。
……里を出たあと、最初の二年はわりと順調だったんだよね。冒険者ギルドに登録して、遺跡探索のパーティに入って、それなりに評価されてたし。
それがある時、ギルドメンバーの一人が、あたしの彼氏ヅラするようになった。
そいつはあたしの金を持ち出そうとしやがったので、半殺しの目に合わせてやった。それはもう、容赦なくボコボコに。平和主義の田舎者にだって譲れない一線はある。
でも、そいつはギルドのなかでも実力者で、「何もしてないのにファルにやられた」と嘘を広め、みんなそれを信じた。そうしてお尋ね者になったのは、何とあたしの方だった。
"獣型"で噛みついてやったのは後悔してないけど、知られてない種族だからか、バケモノ扱いもされた。
なんかねぇ。世知辛いよね。
おかげでカタギの仕事につけなくなり、盗賊の道へ……という、しょっぱい流れがあったのだ。
ちなみにこの国────クラン公国では、すべての遺跡が国の管理下にある。つまり、国の許可なくして、遺跡の探索も、発見したモノを持ち出すことも出来ない。
当然、あたしのようなお尋ね者には、許可なんて出ない。だから、こっそり忍びこんで盗掘し、お宝をいただくのが仕事になったのだ。
犯罪といえば犯罪だけど、"人狼"の能力のおかげで稼ぎは悪くなかった。とはいえ、そろそろ潮時だったのかもね……なんてことを、遠い目で考えてたからだろう。
周りを見回して、はっとした。
気がついたら、あたしは遺跡の袋小路に入り込んでいた。曲がり角を一つ間違えたらしい。でも今さら引き返せない。追手と鉢合わせになる。
……絶体絶命じゃないですか、やだなー。
ざっと血の気が引いたあたしの目に、ふと映ったのは──通路の真ん中の窪みだった。
「……あやしい。どう見てもトラップだよね」
靴のつま先でちょんとつつく。どこかに飛ばされる系なら、かえって都合がいい。でもそうじゃなかったら……
トラップの中には、強い魔物の召喚とか、高温の炎で骨までスッキリ燃やされる、なんてのもある。"人狼"の勘で、トラップの有無なら辛うじて分かるけど、中身は分かんないだよね。
発動しようかな。でもなぁ。悩むー。
「動くな、盗賊」
うーんと唸ってたら、背後から警告が飛んできた。振り返ると、白金の髪に眼鏡をかけた魔術師が、転移魔方陣で現れたところだった。
細身のフレームの眼鏡ごしに目が合う。そいつは鋭く瞳を眇めた。その背後に、駆け寄ってくる騎士が数人。
「げっ!」
ヤバい。あいつらに捕まったら一巻の終わりだ!
こうなったら、一か八かトラップに賭けるしかない。すっごくイヤだけど!
魔術師はすでに詠唱を始めていた。その魔術が発動する直前。あたしは足元の浅い窪みを、ダン!と全力で踏み抜いた。
瞬間、視界がぐるっと回って……あたしはどことも知れない小部屋に移動していた。
…………目を丸くした眼鏡の魔術師と一緒に。




