表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

1話 茶筅丸

冬といえば?クリスマス、正月、お節料理、羽根つき、みかん、こたつ・・・


他にも色々ある。


だが、俺にとって、いや、俺たちにとっての冬は、そんな平和なものじゃない。


「頑張れ!ファイト!」

「速度落ちてるぞ!ペース上げろ!」

「あと8周、あとグラウンド8周!」


死に物狂いで走るクラスメートに、全力でエールを送る。見ている俺たちまで呼吸が荒くなってしまう。


私立若葉中学(わかばちゅうがく)は、冬に必ず持久走があるのだ。


3年生は校庭14周、2年生は12周、俺たち1年生は10周走る。


それは地獄絵図に等しく、無言で走る者たちの絶望の表情と、エールを送る者の悲痛な顔が、全てを物語っている。


前半が終了した。次は俺たちが走る番だ。


スタートラインの前に立ち、覚悟を決める。


親友の立花湊(たちばなみなと)と目が合った。彼は今、2kmを完走したところだ。肩が上下に、激しく揺れ動いている。


湊は俺を見ると、涙ぐんで敬礼をしてきた。思わず俺も泣きそうになってしまう。


すぐる、頑張って」


息苦しそうだが、優しい声音の声が聞こえた。幼馴染おさななじみ鈴田すずた美琴みことだ。


不思議と元気が出てきた。よし、頑張ろう。


「それでは始める。位置につけ!スリー、トゥー、ワン、GO!」


カウントダウンを英語でするなっ。心の中でどうでもいいツッコミをして、果てしないゴールまでの道を走り始める。


悪友と肩を並べて走っても、冗談を言い合う勇気は湧いてこない。そんな余裕は俺たちにはない。


1周目をクリアした。本当の地獄はこれからだ。友人たちからのエールの言葉さえ、悪意のある冷やかしに聞こえてしまう。


2周目、3周目。4周目に入った。序盤からかなり飛ばした為、酸欠に近い状態になっている。


呼吸をする度に肺が痛む。


評価がCになってもいいから、手を抜いて走れば良いじゃないか。と、悪魔がささやく。


だがそれでは、俺を応援してくれる友人たちに顔向けができない。走り続けなければ。


まぶたを開けているのでさえつらくなってきた。今は10周目。そう、ゴールまであと100mほどだ。


けれどもう、俺の体は限界だった。クラスメートの悲鳴が妙に遠く聞こえる。


全てが白に変わった。


◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

状況が理解できない。いったい何が起こったんだ?


着ている服は、時代劇でお馴染みの和服だし、目の前に立派なおヒゲのおっさんがいるし。


「名を申せ」


え?言葉まで時代劇風じゃん。クラスメートが俺をからかってんのかな?今日、俺の誕生日だし。


とにかく、名前を言わなくては。


茶筅丸ちゃせんまるにございます」


漆山うるしやますぐるです、と言おうとしたのに、舌が勝手に動いた。


茶筅丸って、織田信長の次男坊だよね。って、そんなこと気にしてる場合じゃ無いし!


ここはどこ!?このおっさんは誰!?なんか、嫌な予感しかしない。


「わしは北畠きたばたけ具房(ともふさ)じゃ。大河内おおこうち城の城主を務めておる。

本日ただいまより、そなたはわしの息子同然。北畠の名に恥じぬよう、励め」

「はっ」


まただ。「はい」と言おうとしたのに、舌が勝手に動いて「はっ」と言ってしまった。


「一つ、お聞きしたいことがございます」

「ほう、何じゃ?」


縋るような気持ちで、北畠という名前のおっさんに聞いた。


「これは何という名の時代劇でございますか?」


おっさんは変なものを見るような目を向けてきた。


「時代劇とは何じゃ?」


一縷いちるの望みが、抱かずにはいられなかった淡い期待が、一瞬にして消え去った。


お父様、お母様。俺はどうやらタイムスリップしちゃったみたいです・・・


「いえ、すみませぬ」

「そう縮こまるな。ほれ、茶筅丸を部屋へ」

「はっ」


おっさんの側に控えていた小姓が、前に進み出た。


「茶筅丸様、部屋へご案内します。こちらへ」


小姓の言うがまま、おっさんがいる部屋を出た。


しばらく歩くと、小姓はある部屋の前で止まった。突き当たりの部屋だ。障子がゆっくりと開く。


「こちらにございます」


俺は自分の目を疑った。なんて広い部屋なんだ。床がとても綺麗で、縁側からは枯山水の美しい庭が一望できる。


何が何だかよく分からないけど、とくかくラッキー!


さーて、茶筅丸ライフ、始まるぞお~!





読んでくださりありがとうございました。

茶筅丸というのは織田信雄の幼名です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ