8工学部のキャンパスにて。桃乃の秘密
桃乃とのランチから5日。俺の元に一通のLINEが届いた。
知らない人からだった。
名前は、江崎あやだった。
『初めまして。江崎あやといいます。突然連絡してごめんなさい。安藤桃乃の友人です。あなたと同じ大学の工学部生です。桃乃のことで少し話したいことがあります。今度お話出来ませんか。』
俺は、驚いた。彼女の友人だという江崎さんをまったく知らなかったし、少し話したいことなんて怖すぎる。
怒られるのだろうか。
何か悪いことをしてしまったのだろうか。
そもそも、何で俺の連絡先を知っているのだろう。
桃乃は自分の連絡先を彼女に伝えたのか。
いや、別にいいんだけど。
江崎あやさん。
え。俺に興味あるとか?
でも、桃乃のことで話したいことって何?
女子の怖さってやつ?
なんか高校の時聞いたことある。
女の子を振ったある男子がそのコの友達女子3・4人にめっちゃ怒られたってやつ。
コワイコワイコワイ。
え、でもそれ振った場合だよね。
俺、どっちかって言うとフラれたんだけど。
うーん、うーん、
考えていたら、彼女のメッセージに既読をつけてしまった。
しばらく考えていたが、よく考えるのを諦めた。
もう、いろんなことを考えるのに疲れていたのもある。
なんか、まあ、いいや。
せっかく女の子から連絡もらえたんだし、あんまよく考えないでおこう。
そう思って、俺は返信した。
『初めまして。南条隼人と言います。よろしくお願いします。』
その後、彼女から、すぐに連絡が来た。
気がつけば、俺は彼女と学校で会う日時を決められていた。
その2日後、江崎あやと俺は会った。
あやは、ふんわりとした顔立ちと薄い茶色に染まった短い髪を持つ女性だった。
多少身構えて集合場所である工学部のあるキャンパスの中のカフェに向かっていた俺は、その道中で、「君が南条君?だよね?」とあやに声をかけられ、えらく驚いてしまった。
しばらく、彼女と横に並んで歩いた。
工学部のキャンパス内を並んで歩いた。
彼女は一方的に話し続けていた。
いきなり連絡をして申し訳なかったこと。
桃乃とは、高校生の時に同じ部活で仲良くなったこと。
俺の連絡先は大学の1年次生の全体のLINEから見つけたこと(そういえば、俺の設定している名前はがっつりフルネームである)。
桃乃には、俺と会うことを言っていないのだと。
工学部のキャンパスなら、桃乃には知られることはないだろうと思ったと。
どうしても、伝えたいことがあったのだと。
経済学部や法学部のあるキャンパスとは違い、工学部のキャンパスは新しく、綺麗で、きちんとしていた。少し下がった太陽の光が、ガラス張りの芸術的な校舎を黄色く照らしていた。
キャンパス内に池があった。
美しく、整った池だった。
小さな、頑張ったら飛び越えられそうな池だった。
他に何もなかった。
でも、何か不自然だった。
あやの話を聞きながら、その池に見入ってしまった俺に彼女は気づいた。
「その池、気になるの?」
「あ、ごめん。話を止めちゃって。」
「いいよ、いいよ。ずっと私が喋り続けちゃってたし。んで、気になるの?」
あやは笑って隼人に話を促した。
2人は池の前で足を止めた。
「あ、その。このキャンパスはとっても綺麗で、すごいなーって見てたんだけど。」
「あはは、そうやね。桃乃たちのキャンパスぼろいもんね。」
「うん。あれ築80年くらい経っているらしいんだ。それで、この池なんだけど、キャンパスに入ってから、他の木とか、学生が作ったベンチとか?は気にならなかったのに、この池だけ、変っていうか。なんか、この周りだけ、変だなって思ったから。」
それを聞いたあやは、少し驚いたように目を見開いたあと、マスク越しに、自らの手を口元に持っていき、少し考え込むような仕草を見せた。
なんか、まずいことを言ってしまったかもしれない。
工学部生っていう本家に図々しいことだったかも。
内心、隼人は焦った。
「うん。いいね。南条君。君はすごいや。」
「え?」
あやは、隼人に対して、少し顔を見上げまっすぐ向き合った。
「南条君、お願いがあるの。」
「桃乃はある人を探している。」
「小学生の時の恋愛にずっととらわれているの。」
「君が助けてあげてほしい」
ただ、その池に2人の向き合う影が映っていた。