6桃乃の返信
(ふう。)
桃乃はため息をついた。
(どうしようかな。)
自分の部屋の大きなクッションに顔をうずめる。
バイトから帰ってきて、溜まっているであろうLINEの返信をしようと思った。
電子的なやりとりがあまり得意でない桃乃は、いつもちゃっちゃと済ませてしまう。
しかし、今日は違う。
桃乃は悩んでいた。隼人から送られてきたメッセージの返信に。
『あのさ、今度いつ学校に行く?もし、学校に行く日が合えば、昼ご飯でも一緒に食べに行かない?』
今まで、桃乃は隼人とぽつぽつとLINEでやりとりをしていた。前期に教養の授業が一緒であったのを機に、学校で会った時には軽く話す仲である。
桃乃は気づいていた。自分に向けられる隼人の好意を。隼人が積極的に会話をすることが苦手であることも、なんとも思っていない異性を外食に誘わないであろうことも。学部の違う桃乃と仲良くしようとする意味が、学業のためではないことも。
そして、この短文が時間をかけて練り上げられたものであることも桃乃には分かってしまう。後期に入ってから、大学がまたオンライン授業主体となった。それでも、週に1、2回桃乃が大学に行っていることを隼人は知っている。つい先日も語学の授業で遭遇したばかりだ。つまり、隼人は桃乃が今度学校に行くことを前提として、そして、学校に行く日も合わせられることを知っていて、食事に誘っているのだ。
隼人は優秀だ。その優秀さに少しの苛立ちを覚える。優秀な人は他者から否定されることをより嫌う。だから、持ち前の頭脳でそれを徹底的に回避しようとする。隼人も同じだろう。桃乃に拒否されたくないために、桃乃が断りにくいように提案している。それが、意識的であるか、無意識的であるかは分かるほど、桃乃と隼人は親しい間柄ではない。ただ、後者かなと予想する。
もし、桃乃が過去に囚われていなければ、単純にいいよ。と答えられただろう。
もし、桃乃がこれほど聡くならなければ、返答にこれほど迷わなかっただろう。
桃乃は断らなければならなかった。ごめんね。と返信したいのだ。
(なんて、返せばいいの?)
もういっそ、正直に言ってしまいたい、と桃乃は思った。でもそれは出来なかった。隼人はただ、桃乃に食事を誘っているだけで、彼らの関係は、本人達にとっても、また客観的にも、友達にしかならなかった。
(だから、難しいんだよね。優秀な小心者って。)
桃乃は隼人がかわいい、と一言で言ってしまえるような愚かさを併せ持っていたらよかったのにと思った。そこまで考えて、桃乃は自分に辟易した。
(いやいや、南条君に失礼すぎるぞ、私。南条君はいい人ではないか。ちゃんと、丁寧にお返事しなくちゃ。)
一息に、返信内容を入力した。
相手からの連絡からすでに4時間近く経っていて、ちょうどよい頃合いであると思っていたし、先延ばしするのは嫌だった。変な理屈で連絡しないことがどれほどの災厄をもたらすかを桃乃は嫌というほど知っていた。
さっと入力し終えた。
桃乃は返信した。
『今度学校に行く日はね、来週の水曜日と木曜日かな。
そうやね。もし、学校行く日が合えば、一緒に昼ご飯食べようか。』