3話 御剣家
「可愛らしい子でしたね。魔法少女と言いましたか」
「母上、私はどうもあの魔法少女特有のキラキラの衣装や容姿が苦手なのです。魔法省も、もう少し普通の人を寄越せばいいものを」
「この島には、お前が張った結界があるのだ。魔力を持たぬ、普通の人間は入ることすら出来ぬだろう」
確かに言われてみればそうか……。
「お母さんは、嫌いじゃないですよ。魔法少女」
応接室には、父と母と僕が残されていた。朱里姉さんが寛人叔父さんとその息子朔丸を呼びに行っている。
「それで、どこかに所属する前の新人魔法少女を派遣してきたというのは何故なのでしょう?」
「件の魔力反応であるが、本土における同様の状況から鑑みても、おそらく、異界の門が出現する前触れとみて間違いないだろうと判断をしているようだ。政府は門を開きたい、しかし、月野女史はそれに反対をして無所属の魔法少女をこちらに派遣したということらしい」
異界の門とは、今のところ本土に一つだけ確認されている。東北地方の内海沖に出現しているもので、海上に現れた門からは普通の魔力溜りから出現するモンスターとは比べ物にならない強さのモンスターが現れている。
陸上であれば早期に発見することができ魔力溜りを霧散させることもできるし、普通はモンスターが出現して魔力溜まりは消滅するものだ。
一方、場所が海上の場合では発見が遅れる。海底で発生した魔力溜りを感知するのは難しいのだ。魔力溜りを感じた時には、すでに成長しきっているケースが多く、そしてこれが異界の門になる場合がある。
「異界の門ですか。そうなると、島から近すぎますね。早めに対処する必要がありますか」
「うむ。しかしながら、場所が微妙な位置にあるようでな、御剣島と本土の領海を跨ぐように反応があるようなのだ」
なるほど、こちらの都合だけで動いてしまうわけにもいかないということらしい。魔法省が魔法少女を派遣した理由の一つがそれか。
「政府では異界の門の出現を喜んでいる節がある。育ててきた魔法少女で押さえ込めるとの判断らしい。そいつらからしたら、門が出来る前に潰そうとする御剣家は邪魔になるのだろうな」
異界の門が出現すると、そのエリアを中心として大規模な管理体制下に置かれることになる。出現するモンスター対策は勿論のこと、強いモンスターを討伐することで手に入れることができるドロップアイテムが高額で取引されるからだ。
「利権と人の命を天秤にかけるとは情けない話ですね」
どんな門が開くのかわからない以上、迂闊に増やすべきではない。もしも高難度の門が開いた場合、逆に国自体が滅ぼされることもあるだろう。それでも目が眩んでしまうのは強いモンスターから得られるドロップアイテムと、魔法少女の数がそれなりに増えたことが慢心に繋がっているのだろう。
「月野女史の一派だが、それなりに影響力のある派閥だそうだが、政府からよく思われていないようだ。現場はモンスターの危険性をよく理解しているが、政府はアイテムを魔法少女の更なる強化にと思っているらしい」
更に言えば政府は、御剣家に門の利権を奪われたくないし、何か問題があっても御剣家が盾になるということも想定している可能性すらある。
「失礼いたします」
「冬獅郎様、お呼びでございますか?」
「寛人、朔丸、急にすまないな。緊急事態だ、朔丸にはすぐに首都へ行ってもらいたい。ある方へ手紙を届けてもらいたいのだ」
「かしこまりました」
「ここだけの話にしておいてもらいたいのだが、島の周辺に異界の門が出来る可能性がある」
「な、なんと、誠でございますか」
「政府は、門が出来るのを心待ちにしているようだが、魔法省のある一派が反対していてな、御剣家とともに門ができる前に潰したいと言ってきている」
「正確に言うと、情報は出すから御剣家で門が出来る前に対処してくれということでしょうか」
「まあ、その通りだろう。とはいえ一応、新人の魔法少女を派遣してきた。名をエリーゼさんという。しばらくは食客として御剣家に置くことになったので、島の皆にも、そのことを伝えておいてもらいたい」
不法侵入してから、御剣家の門を入るまで、数名の者にあの姿を見られている。島の者以外が訪れることなど珍しいので、皆も気になっていることだろう。
「かしこまりました。しかし、何と伝えましょうか。実は、島の若い女性が若干殺気立っております」
「目立つ容姿だから、すでに噂が広まっていたか……。ん? で、何故、殺気立っているんだ?」
「姿が魔法少女だったものですから、藍之助様の婚約者として、本土から呼び寄せたのではないかとの噂が回っております」
「ぬぉっ!?」
「お母さんはそれでも構いませんよ。魔力のある女性との婚姻は、御剣家にとっても良い話ですからね。もちろん、エリーゼちゃんが可愛いのが一番の理由ですけど」
「は、母上!?」
「そうか、藍之助も、もうそんな歳頃になるのだったな」
「父上!?」
「藍之助様は、人気がございますので島の若い女性が嫉妬しているのでしょう」
「それは、朔丸も同じです。皆は御剣家に入ることを目的としているのですから」
島に住む人にとっては御剣家との関係が深くなることは喜ばしいことであり、婚姻前の人間は狙われている。
「私の場合はそうでしょうが、藍之助様の場合は違うかと。容姿端麗、魔法に関しては歴代随一の腕まえ、面倒見も良いとなれば、人気にならない方がおかしいかと」
「朔丸、私を褒めても何も出ないぞ」
「申し訳ございません」
先日、十八歳の誕生日を迎えたばかりではあるが、御剣家の次期当主であることを考えると、婚姻というのをそろそろ考える年齢になるのだろう。島の誰かと結婚するのだろうと漠然と考えていたものだが、外部からという考えもあるのか……。
「藍之助、取り急ぎ朔丸を首都まで送ってやれ。朔丸、書状を届けるだけがお前の仕事ではない。わかっているな?」
「敵対する派閥の調査でございますね。心得ました。何か情報が入り次第ご連絡致します」
「それから、手紙にも書いておくが朔丸。お前にはしばらく魔法省にいて欲しいのだ。情報を収集しながら、月野女史との連絡役になってもらいたい」
「はっ、かしこまりました」
その後、手紙の準備が整ったタイミングで、朔丸を連れて瞬間移動で首都へと移動した。