表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/43

六話 〜やっぱり夕飯を求めて

 迷路街は筒状になっている。

 だから建物がぐるりと円を描くように囲っているのだが、それを繋ぐのが、環状線道路だ。

 網のように伸びて繋がる道路の隙間を抜け、僕らは隠れ隠れ、下へ下へと進んでいた。


「隼、重くないか?」


 長い髪をなびかせていた朱は、一度、髪をなでた。

 艶やかな髪のはずなのに、迷路街の湿気を吸って、少し重さを感じる。


「だいぶ慣れたよ。それに鎧がアシストしてくれてるから」

「そうか。それはよかった!」


 監視カメラを避けるように動くとなると、建物の隙間か、または誰も通らない裏道か、或いは環状線道路を選ぶしかない。環状線道路には、定期的にカメラがあるものの、場所がわかりやすく、かわしやすい。

 そのため、僕は突発的な攻撃を避けるためにも、環状線道路を選んでいた。

 素人考えだけど、きっと、むこうだって騒ぎにしたくないはずだ。

 それに大きな犠牲を強いても達成するのなら、とっくに区画を破壊しているだろうし、この道路だってぶち壊して封鎖しようとするハズ。

 ……とはいっても、僕の居住区は潰されてたし、朱を助けたときはアパートを押しつぶしていたから、この作戦があっているのかどうかはわからない……不安ばかり。

 ただ、周りに攻撃が及ぶのは間違いないので、そこから反撃を考えようという、こすい理由もある。


 人に迷惑をかけることを大前提としてる状況には変わらず、僕は心のなかで辺りに謝罪を叫んでいると、朱は迷路街の景色に興味深げに目をキョロキョロと動かしている。


「迷路街の人力車は、色が統一されてるのか?」

「緑ばっかだからでしょ? ここは民間人力車が多いんだ。民間はここでは緑色なんだ。蒸気街なら専用か国営だろうけど、ここは価格の安いほうがよく使われるから」


『人力車の色で階級がわかる』

 まさにその通りの言葉だと思う。

 お抱え俥夫がいる人なら、間違いなく人力車だって私物になるだろうし、一方の僕のような末端は安い緑色の民間人力車を使うことになる。

 ただ民間はぼったくりも多い。

 安全安心をとるなら、国営の人力車か、大きめの民間会社の人力車がオススメだと、僕は思う。


 ただ僕は地図が頭に入っているし、蒸気靴も持っているため、めったに蒸気人力車は使わない。

 学校の通学にだって使われる蒸気人力車だけど、通学で使ったのは三回だけ。

 理由は朝早めに起きれたから……。

 あとは遅刻ギリギリだったから、蒸気靴で走った方が早かったっていう話。


「……深くなると、人力車がデコボコで緑一色だ!」


 朱がいうのもわかる。

 三十五階層をすぎてくると、民間人力車がぐっと増える。

 民間の人力車は緑と色が決まっているため、目に優しいが、乗り方が雑。だから、蒸気人力車がカスタムカーのようにデコボコゴツゴツ、ツキハギしている。

 見た目の通り、いざこざも絶えない。

 今だって、人力車同士がぶつかったぶつかってないで揉めているし、乗車賃が違うと道路脇でも揉めている。


 僕らはそれを横に見ながら、ビルの隙間に移動した。

 この隙間は一〇階層奥に進めるいい穴だ。

 隙間を落ちていく僕らに、蒸気の幕がぼふんぼふんと突き抜けていく。


「蒸気雲というのか? 面白いな!」


 通り抜けるたびに、顔がびっちょり濡れるけれど、それも朱には面白いみたいだ。

 びゅうびゅうと耳に風が鳴る。

 地下に進むほど、さっきよりも湿気った空気がたちこめている。


「髪の毛が重いな! なびかなくなったぞ!」

「ここは蒸気が多いからね」


 細い壁の隙間を縫うように、僕らは走りだした。

 鉄の看板をくぐり、蒸気管を伝い、誰かの家のベランダを蹴って進む。


 楽しいのはこの辺りまで……。


 四〇階層にさしかかるころには、鼻が曲がりそうな臭いがしてくる……。


「鼻が痛いっ!」

「朱は慣れないか……ハンカチでもあててよ」

「そんなもの、ぼっでだい!」


 鼻をぎゅっとつまんだ朱が涙目で僕を見るけど、僕だって驚きだ。


「れ、令嬢でしょ!? 身だしなみのひとつじゃないの?」

「ばだじわ、デザイナーだ!」


 彼女なりのポリシーががあるよう。

 それほどすごいポリシーではないけど。

 僕は胸ポケットからハンカチを取り、差しだした。


「使いなよ」

「あぎがど」


 ハンカチを手渡しながら、僕はこの混沌に慣れてしまっているのだと、再認識した。

 一生、僕が蒸気街の人間にはなれない決定的な違いなようで、なんでか胃が痛くなる。



 四十三階についたころには、腕時計は19時を回っていた。

 どうつけられているかわからず、監視カメラを避け、人に会わないように、人が少ないエリアを選らんで走っていただけに、ひどく時間がかかってしまったようだ。

 ビルの裏手に降りた僕らだけれど、辺りに変化がないか確かめる。


「シラカバは、まだここまで来ていない……? 早く隠れないと……」


 見回す僕だけど、朱は鼻を潰すようにしっかりとハンカチで顔を覆っていて、面白い。

 きっとハンカチを外したら顔にハンカチのシワが、頬いっぱいについていると思う。


「隠れる前に、ご飯だ、隼! ボクは腹ペコだ!」

「のんきだな、全く……」


 背後に気配がある。

 振り返りながら、朱を背後に僕は隠した。


「そこにいるのは誰だっ」


 ゴミ捨て場の影に気配を感じたのだ。

 大きなゴミの後ろから、よろよろと手を上げでくる人がいる。


「こここここ殺さないでっ!」


 黒髪の三つ編みをゆらし、必死に叫びながらメガネを直すのは、クラスメイトの……誰だっけ?

 四月はまともに学校に行ってたけど、だからって積極的に名前を覚えていたわけじゃない。

 でも……見覚えがある。


「あ!……学級委員長、だよ、ね……?」

「……へ!? あ、木場くん! なんでこんなところに? 今日も学校休んでたけど、体、大丈夫なの??……!? 腕、右腕、どうしたの!?」 


 いきなりの優しさに、僕は固まってしまう。

 しかも僕の名前覚えてるし。


「あー、これ、ちょっといろいろあって……あ、大丈夫。痛くもないし、もう、僕の腕、だよ……?」


 僕の腕を触り、制服の破れをみる委員長だけど、つんとメガネを押し上げた。


「あんまり無理しないでね。これが何かはわかんないけど」

「ほう、隼の苗字は牙なのか。強そうだな!」


 そう言いだしたのは朱だ。

 僕の背後からちょこっと顔をだして委員長を確認すると、すいすい近づいていく。


「ちょ……! 木場は樹木の木に場所の場。勝手に強そうにしないで……って、聞いてる?」


 小さく頭を下げた朱は、委員長に手を伸ばした。


「ボクは朱だ。よしなにな、委員長!」


 委員長はハンカチを巻きつけた朱をいぶかしげに見ていたけど、朱の制服をみて、肩をびくりと震わせる。


「え、蒸気街の高校……だよね? あの、幌士吏(ポロシリ)高校でしょ……?」

「そうだが?」

「す、すごいっ! 私の憧れの高校なの!」


 委員長は驚いたのか、口元を手で隠す。

 その仕草が女の子っぽくて、つい朱と見比べてしまう。

 ……うん、朱は、少年寄りだ。


「あ、ごめんなさい! アヤさんですね……は、はい、う、魚住 香澄(うおずみ かすみ)です」


 委員長は恐縮しっぱなし。だけど、朱が無理やり手を握っている。

 さらに顔を赤らめる委員長に、僕は意味がわからないけど、感動、してるのかな……?


「ね、朱、自己紹介して大丈夫なの?」


 横について小声で聞いた僕に、朱ははっきりと言った。


「敵意がない者まで警戒していたらキリがないだろ!」

「敵意って、なに、木場くん?」

「いや、なんでもないよ、委員長。……朱、声が大きいっ」


 僕はとりあえず、最優先の質問を口にした。


「ね、委員長、ここら辺で、人肉扱ってない料理屋ってある?」

「それならうちがいいかも。うちはちゃんと十三階層から食材卸してるから。あ、中華なんだけど、大丈夫かな?」


 委員長についていく僕に、朱の目は見開いている。

 もしかしたら、口も開いているのかも。


「隼、今、なんていった……?」

「なにが?」

「ジンニクって聞こえたんだが……なんのお肉だ?」

「…………」

「……隼、何か言ってくれ! もしやっ……んぐっ」


 すぐに僕は朱の口を押さえ込んだ。

 ここで人肉が異常だと叫ばれたくなかったからだ。

 少しでも迷路街に馴染みのある蒸気街の人間にしておきたい。


「ね、アヤちゃんって蒸気街の生徒さんだよね?」


 この質問は僕が答えなきゃ!

 改めて朱の口を強く塞ぐ。


「そ、そうだね。こっちに親族がいて、顔出しにきたんだって。だけど久しぶりに来たら結構変わってたみたいで、道に迷っててさ。僕が案内しようとしたんだけど、僕も迷っちゃって……助かったよ、委員長」

「ううん。へぇ〜。四〇階層に親族さんかぁ……」


 嘘の上塗りは、正直墓穴だ。

 怪しまれてる……。


「大変だね、この階層に親族さんなんて……。今流行ってる、風邪型七七二?」

「そうみたい。ね、朱」

「……んぐっ!」

「新種だから熱がひどいんだってね。ご親族さん、無事に治るといいね〜。そうそう、だから今ね、人肉が安くて。うちも切り替えるとかいう話になったんだけど、やっぱり、この階層で安全安心がモットーだから……」



 怪しまれてなかっタァ……!!!



 僕の喜びとは別に、朱の顔が青い。

 人肉を食べる習慣があることに怯えているのかなんなのか。

 蒸気街の、さらに香煙家の御息女だ。

 しかも当主候補なのだから、こんな四〇階層の現実なんて知らないだろうし、聞いてもいなかっただろう……。



 だけど、ここは、そういう場所だ。

 ───地獄が現出している。



「朱、中華料理だって。楽しみだね」


 なるだけ明るく声をかけてみたけれど、朱の心はここにあらず。

 どう見ても目が虚ろなので、僕は仕方なく彼女の細い手首を握り、歩くことにした。

お読みくださり、ありがとうございます

感想・応援いただけると、とても励みになりますっ


次回は夕食にありつける二人です

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ