五話 〜夕飯を求めて
「もう、それ、死んじゃうヤツじゃんっ!」
思わず叫んでしまった……。
物が少ない1LDKに、僕の声がこだまする。
だって、叫ばずにはいられなかった。
なんてジレンマだ。ヤマアラシのジレンマよりひどいジレンマだ。
そんなジレンマだけど、つらりと朱が言ったことは、こう……。
「ボクが死ねば、蒸気街が爆発。ボクが蒸気街に入れば、蒸気街が爆発。香煙家の祭典までにボクの爆弾が解除されなければ、タイムリミットでボクが死んで、蒸気街も爆発。さらに体に仕込まれた爆弾は解除不可能だ。なぜなら、ボクじゃ解除できなかったからな!……ま、確実にボクはどこかのタイミングで死ぬ!」
ガハハと笑った朱に僕は困惑してしまう。
生き延びられない運命があるのに、朱の雰囲気は変わらない。
……もう寿命がわかっているからだろうか。
「祭典は来週の週末だ。しばらく時間がある。どうにか逃げ回りながら、解決策を探そうじゃないか!」
「なんでそんなに冷静なの……?」
「足掻いても変わらない未来もあるからな……」
うつむいた朱の頬はゆるんでいるけれど、目元は悲しいままだ。
僕は悲しい気持ちでいるのはわかっても、どうしてそんな表情なのかは読みとれない。
「それよりもまずは夕飯だな!」
「いやいやいやいや……ね、ね、どうするの? 何しても死ぬじゃん。もうさ、僕なんかの出番ないじゃん。御煙番の出番じゃない?」
「そこに引っかかるのが、テロリストの冤罪だ。見つかると強制連行される。……となると、蒸気街が爆発だ!」
「あーもーわかんない。なにそれ? なにそれ! なにそれ……!」
整理できない僕の横で、朱はにんまりと微笑んでいる。
「解決する方法は一つあるんだ」
表情でわかる。
「……それ、絶対僕ができないヤツ」
僕を無視した朱は立ち上がると、びしっと指を天井に差し向けた。
「あのシラカバを倒すんだ、隼!」
「僕の意思を無視しないでよ……」
黄昏の時刻だ。遠くでサイレンが聞こえる。
迷路街は陽が登らないし沈みもしない。ここは煌々とネオンに街灯が光り続けている。
だから【朝】【正午】【黄昏】【夜】を示すサイレンが鳴る。
「その、あのお米みたいなシラカバって人を倒せは、朱の爆弾は消えたりするの?」
「さぁな。だが、鎧の設計図が国外へ漏れることは確実に防げる!」
朱はそれが正解だといわんばかりにうなずいたけど、僕は納得できない。
「君が死ぬことよりも、それは大事なこと?」
「当たり前だ!」
床に座り、ソファを背もたれにした僕の右手を朱は持ち上げる。
「この鎧はな、ボクの人生の全てが注ぎ込まれたものだ。そう、十年の集大成なんだ。これは、隼のような不自由になってしまった体を補助する目的で開発した。だが……」
朱は僕の右腕をなでながら「剣になれ!」彼女なりに呟いた。
とたん、僕の意思とは関係なく、右手が細く形成しなおされ、黒い刀が現れる。
「ちょ! わぁ! キモっ!! 何これ!?」
「振り回すな! 危ない!」
腕自体が刀の形になっている。
なにかのアニメみたい……。
「わかっただろ? その鎧は武器にもなるんだ。所有者の意思も尊重するが、マスターと認識している者の言葉にも反応する。さ、普通の手を思い浮かべてみろ」
「普通の手ってわかんないけど……手に戻ってぇ〜……」
左手をかざしながら呪文のように唱えると、音もなく右腕に作り直された。
「……戻った。すごっ」
これは便利な道具だ。
けれど、……兵器だ……。
四肢をもいで、この鎧を嵌めれば、たくさんの武器をもたずに戦える。
さらにスパイ活動だって、もっと容易に行えるだろう。
今、世の中に出ている鎧はあくまで補助。
それが補助の域を超え、意思を持った者の武器になる。
……誰もがテロリストになり、国家を殺せる道具になれる。
いや、道具にさせられてしまう……───
「隼も気づいただろ? 今は刀になったが、仮に装填するものがあれば、ボーガンや拳銃にも変化できる。……ボクはとんでもないものを創ってしまったのだ……! ボクは、自分の才能が…憎い……!」
彼女は頭を抱えて見せたが、口元は堪えられない笑みがある。
自身を讃美しながら、無理やり卑下している。
……とっても滑稽な表情だ。
「なんだ、その目は! ボクに嫉妬か!?」
「いや、普通さ、そういうデザイナーとかって、何かあったときのために穴を用意しとくって、映画で見るけど、これにはないの?」
「あるわけがないだろう!」
「そこまではっきり言わなくても……」
「欠損した部位を再構築するためのものだ。何かの作用で体が動かなくなるなど、絶対にあってはならない!」
彼女の信念が見える。
彼女は人のために開発していたんだ。
だけれど、兵器仕様にもなることがわかったってことか……。
「そうだ。大切なことを話しそびれていた」
「なに?」
僕は冷蔵庫を覗きながら、二人で食べられるものはあるかとメニューを考えていると、朱があっけらかんと言い放った。
「今、右腕は隼に渡しているわけだが、シラカバが左腕を、あと頭と体、両脚の部位が盗まれている。それぞれ、敵に装着されている状況だ。身につけてる者たちは上級暗殺者で、世界手配犯で構成さ」
「ちょ、ちょっと待って……それってさ、シラカバの他に、三人、敵がいるってこと? シラカバだけじゃないの? なに平然と言ってるの?! バカでしょ、本当はバカなんでしょ?」
「何を言う、ボクは天才だ!」
「……頭が痛い。すんごい、痛い……」
僕は頭を抱えるついでに腕時計に目を落とす。
「はぁ……夕飯だけどさ、親子丼とかって」
会話を遮るのに十分すぎる爆音が轟いた。
最深部の部屋ですら揺れるって、どれだけ……?
「これは間違いなく上の階が潰れているな!」
「……だろうね。蒸気の圧って、前にしか進めないから、もしかして一階ずつ潰してるのかな」
「隼、ここは何階下だ?」
「七階下だね」
僕らは夕飯のことは投げ捨てた。
すぐさま立ち上がり、靴を履き、玄関に置いてある非常袋を取りだす。
ここにはありったけの蒸気石とメンテナンス用品、そして簡単な食糧が入っている。
「朱、これ背負って」
「……重っ! どんだけ蒸気石突っ込んでるんだ!」
「水も入ってるから大事にね」
リュックを背負った朱を右腕で持ち上げた。
太腿をすくうように持ち抱える。
イメージ通りだ。
しっかりと太腿を固定し、さらに少しの背もたれも出来上がる。
「やっぱり、この鎧、すごいよ、朱」
「隼に懐いてるからだぞ。……さ、どこへ逃げる!」
「上がだめなら、地下に潜る」
「……へ? 四〇階層にいくのか!?」
「安心して。僕、これでも迷路街の地図、全部入ってるから。これもカゲロウのおかげなんだけどさ」
「……やっぱり、そいつ、怪しいぞ! めっちゃくちゃ怪しいぞっ!」
再び鉄筋コンクリートの壁が揺れだした。
音が鮮明になったことで、僕らの上へ退路は断たれているのは確実だ。
「しっかり掴まっててね」
のけぞるぐらいの蒸気圧に僕は翻弄される。
それでも進まなきゃいけない。
……でも思ってしまう。
なぜ、僕は進むんだろう……。
結局は、死にたいだけなのに。
───蒸気の爆発に押し出されるように、僕らは奈落の底へと落ちていく。
これが地獄のはじまりだとは、このときの僕は、覚悟が全然足りなかったんだ……。
お読みいただき、ありがとうございますっ
感想・応援いただけますと、大変はげみになります
どうぞよろしくお願いします!
次回はさらに夕飯を求めて迷路街をさまよいます
乞うご期待!