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二十四話 〜終結を求めて

 どうしてか、僕の足は動いていた。振り上げる力なんてないはずなのに。

 腕にだって力が入らなかったはずだ。



 ただ脳味噌が、熱い───



「……立ち上がれたのかい? でも、立ち上がってどうするんだい?」


 ぐっと朱の首に力が入る手を見つめ、僕は動いていた。

 蒸気が体にまとわりつている。湿度が肌に触れて、汗をかいているよう。

 溶鉱炉で溶けた蒸気石がかすかに蒸気をうみだしていたが、それらが全て僕の周りにある。

 それを鎧が()()()()()

 間違いない。


 僕の足はふわりと浮いた。

 右腕も滑らかに動く。

 トップスピードで河童に向かう。


「は? 見えな……」


 滑りながら足首に備えた小刀を構え、河童の左足の膝裏に小刀を差し込んだ。


「ぎゃっ!」


 悲鳴のような叫びが上がる。

 同時に朱の手の力が緩んだ。

 すぐにむせる朱を抱き上げ、少し離れた瓦礫の裏へとゆっくりと下す。

 咳き込む朱が僕の袖をつまんだ。

 首を振る顔が見えたけど、「ボクは平気だ」とでも言ってるんだろうか。


 河童は僕が差し込んだ小刀を抜き、猛烈な咆哮をあげ、僕に叫んだ。


「殺してやるんだから、お前なんで!!!!」


 獰猛な目が僕を睨むけど、僕だって負けてられない。


「大切なものを見分けられない人間は、クズだ」



 過去がちらつく───

 僕が咲かせた蒸気石の花を、父が握り潰した記憶……


『母さんは死んだんだ。こんなもの飾っても、喜ぶわけがない』


 耳まで裂けたと思うほどの笑い方に、僕はおぞましく、そして、ひどい絶望を胃に抱えたんだ───



「……大切なものなんかしらねぇよ! とにかく、ブッ殺す!」


 河童が足を踏み出すが、左足に怪我があるためか、キレがない。

 庇うような動き方だ。

 確かに膝裏の筋肉のつなぎを傷つけたから、膝の曲げ伸ばしがおかしいのかもしれない。


「でもさ、痛みに弱いんだね、河童って。暗殺者のくせに、そんなに痛いの苦手なんて素人みたいだ」

「うるざいっ!!」


 後方に飛んだ瞬間、河童は床のコンクリートを剥がし、僕へ投げつけた。

 鉄筋がはみ出たコンクリートはかなり強力な飛び道具だ。


 ただ、それが当たればの話だ。


 鎧との親和性が高まったのか、自分の目が慣れたのかはわからないけれど、河童の動きが鈍い。

 避けることが簡単だ。

 五つのコンクリートの塊をかわしたが、河童は僕との距離をとりはじめている。

 動きを読まれているのが怖いのだろうか。

 『ぶっ殺す』と息巻いていた頃に比べ、顔が青い。


「あ、静脈切ってあるから、失血には気をつけてね」


 言ったものの、今ここで止血の処置を行えば、河童を僕が押さえ込むだろう。


「うるざいっ!」


 何度目かの「うるさい」を聞いたとき、河童の視線が外へ向く。

 視線の先は───


「朱にはもう触れさせない……!」


 頭が沸騰したみたいだ。

 目が熱くなる。

 耳から脳味噌が溶けてる気がする───


 気づいた時には、僕は河童の腕を斬り落としていた。


「うぉぉおぉおおお!!!!」


 右腕が十分な蒸気を得たとき、僕の腕は鎌のように変形していた。

 蒸気靴から目一杯の蒸気を噴出させ、河童へと突っ込んだ結果だ。

 黒い鎌から、黒い血が滴り落ちている。

 光がほとんど入らない工場だから色が見えない。


「うるさいな、河童……僕は右腕失くしたとき、そんなに暴れなかったけど」


 本当にひどい声だ。

 床にゴロゴロと体を揺らしながら、血を撒き散らしている。

 河童のそばには足のような腕がある。

 僕の腕もこれぐらい綺麗に切れていたらよかったのだろうか。

 押しつぶされた僕の腕は、今は機械の腕だ。


「ねぇ、河童の首を斬れば、僕の勝ちなのかな……?」

「この餓鬼ぃぃ……!!!」


 無理やり立ち上がった河童だが、はまるで地鳴りのようだ。

 怒りと痛みが混ぜ合わさった声に、僕は顔を歪めた。


「河童だって、してきたことじゃないか。何を今更……」

「五月蝿いっ!」

「……大切なものを無闇に壊すのは絶対に許さない」


 河童の動きが大雑把になる。

 今までのスピード、キレがなくなり、大振りに繰り出される蹴りと拳は僕にとってはとても遅い。


 空気の玉が弾ける音が鳴り続けるけれど、これは僕にとって時間稼ぎだ。

 止血ができていない腕は、致命傷になる。

 いくら鎧をまとっていても、全て切り離されれば、落ちた腕は肉塊であり、鎧もただの金属だ。

 必死の攻撃だが、それは僕から逃げるための攻撃でしかない。


 僕は河童の軸足に蹴りを入れた。

 蒸気の出力で回転力を増した蹴りだ。

 出力を上げた蹴りは脛当てごと足が大きく凹む。

 前のめりになった河童の体を支えるように僕は首を掴んだ。

 そのまま地面に叩きつける。


「……がっ!」


 赤い唾を吐き、ぎょろりとした目をさらに見開いた。

 両肩を膝で押さえつけ、僕はゆっくりと右腕を振り上げる。


 首を斬る……!


「だめだ!」


 僕の右手に何か触れた。

 朱が握っているのは、僕の刀だ。

 掌が瞬く間に濡れていく。


「殺してはダメだ、隼! 同じ土俵に立つなど、ボクが許さん!」


 とっさに河童の体から僕は降りた。



 ……そうか。今、僕、殺そうとしてたんだ……。



 河童は気絶している。

 相当恐ろしかったのか、僕が首をしめたことなのかは、わからない。


 急に襲ってきた現実に、僕は震えてしまう。

 どうしたらいいんだろう。

 今、簡単に首を斬ろうって考えてた。

 暗殺者だから殺してもいいだろうぐらいに思っていたんだ。

 僕はそんなことを考えて…………



 ───バチン!!!!



 これは、僕の頬の音だ。

 朱の権限で僕の兜の頬当てを外し、殴った音……。


「いだい!」

「痛いじゃない! 隼、アビリティ発動!」

「……は、はいっ」


 耳元で叫ばれ、僕は慌てながら掌に蒸気を集めた。

 右肩の鎧が吸い込んだ蒸気が再結晶化し、小ぶりのバラが咲く。

 僕はそれを掌で崩すと、そっとそれを河童に吹きかけた。

 大きく二回、河童が呼吸をしたとき、ことんと頭を転がした。

 アビリティがうまく効いたようだ。


「……よかった」

「よくはない! 次は腕の止血!」


 朱の指示に僕は従うしかできない。

 一体、自分がどうしてここまでしてしまったのか……。

 戸惑いながら、朱の声に合わせて動いていると、


「隼、ありがとう……」


 短くなった髪を耳にかけながら朱が言う。

 彼女は河童の足見たいな腕に手際よく布を巻きつけ、すぐに止血をほどこしてしまった。


「さ、隼、こいつの胴をいただくぞっ!」

「そ、それより朱の傷! 掌、すっぱり切れてたでしょ?」

「ボクは問題ない。ボクもナノマシーンをいれてあるからね、これくらいの傷なら、ほら!」


 両手を広げて見せてくれたが、綺麗に傷がふさがっている。

 まるで手品師みたい。


「そっか、よかった……」


 僕は安堵しながらも、次は鎧にとりかかる。

 だがこの鎧の胴を外すのは一苦労だ。

 まず、解除の仕方がわからない……!


「……どう、もらう、の? というか、外し方もわかんないんだけど」

「隼が求めれば、鎧が応える。さ、やってみろ!」

「……やれっていわれても……」


 よくわからないので、胴当てに向かって手をかざしてみる。


「……おいで……?」


 呼んでみた。

 にゅるん! と波をうって体に巻きついてきたことで、僕の腰が抜けてしまう。


「な、なにこれ!?」

「どうも、隼は鎧に気に入られやすいんだな」

「意思があったりするの、これ? なんのAI!?」

「違う違う! ははっ!」


 腹をよじって笑う朱に僕は口を尖らせてしまう。

 だがその間にも吸い寄せられた鎧は僕の着ている鎧と上手に融合し、見た目が豪華に変化する。

 胸部が厚く膨らみ、肩当ても簡素なものではなく、強固な石のように変化した。


「……すごっ!」

「砂鉄みたいなものだ。磁気が強い方に寄っていくだろ? 鎧も同じ。身に着けている者より蒸気の扱いが強い者に引き寄せられるだけだ」


 聞いたことがある。

 蒸気の扱いが上位のものほど、鎧がより強固に、また複雑に変化する──


 この理由は簡単だ。

 鎧のなかにも蒸気石が練りこまれており、それが反応。

 蒸気石を緻密に扱える者に寄っていく仕組みになっている。


「……ってことは、僕、河童よりも扱えるってこと……?」

「河童も鎧奏(がいそう)できてはいなかったからな」

「そうだったの!?」

「わからんのか!?」

「わかんないよ。どこで見分けるの……?」


 朱が指をあてる。

 ちょうど胸骨のあたりだ。

 みると、そこに朱色の石がはめ込まれている。


「これがボクが造った鎧が咲いた印だ。……隼は綺麗に咲かせてくれるな」


 朱から認められた気がして、嬉しくなってしまう。

 いや、最初から朱は僕のことを褒めてくれていたし、否定なんかしたことはない。……だいたいは。

 でも、やっぱり、人から褒められたり、認められたりするのは気分がいい。

 ずっと、僕はどこかを否定され続けてきた。

 それは全て父だけのことでも、僕にとっては、それが住む世界だったから……。

 だけど、心の底から『すごい!』と言ってくれる朱が、心強い。


「ありがと」


 朱はきょとんと目を丸めている。


「全て本当のことだ! 礼をいうのはこっちだぞっ」


 小さい体で大きな態度の朱に、どんなときでも変わらないのだと、僕は思う。


「朱、したら、一度、戻ろうか」

「そうだな! 腹も減ったしな!」


 朱は今日の夕飯がなんなのか気になるのか、しきりに僕の顔を見る。


「……なに?」

「いや、あの階層の食事は、どんなものなのかと。……できたら、この前の中華のような、味の濃いものが食べたい!」

「あの辺りの中華は美味しくないから、洋食がいいかな……」

「隼は食事処も知っているのか!」

「食べたことはないけど、口コミは知ってる」

「……かわいそうに!」

「言わないで……」


 一瞬、鎧が、震えた。



 ───このときに気づけばよかったんだ。

 河童を倒せたことで、気が緩みすぎていたんだ───

お読みいただき、ありがとうございます


河童との決着がつきました!

ですが……?

次話もおたのしみに!

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