二十三話 〜活路を求めて・再び
女心は秋の空。
そんな言葉を思い出したけれど、これは極端すぎる──!
僕を『殺す』と決めた河童の動きは、一味も二味も違う。
僕が苦無を構えたところで変わらない。河童は容赦無く拳を振ってくる。
なんとか拳を苦無で流すことはできているけれど、蒸気の勢いでどんどんスピードも、拳を振る力も上がっている。
「ほらほらほら! もっと早く動けよ!」
追加の蒸気石がない状況で、僕はどう戦う……!
焦るな。
まだ、死に時じゃない。
死ぬなら、もう少し、かっこよく、痛くない状況で死にたい!
考えろ。カゲロウの言葉を思い出せ───
河童からふきつける蒸気をかわし、体を転がす。
もう高く飛ぶのはだめだ。蒸気を使う。
「ゴキブリみたいに床をはってたら、あたしに潰されるよ!」
まだ腕の蒸気が余裕がある。
……といっても、少し、だけど。
ブレイクダンスの要領で、床に両手をついて、体を平行にし、スライドで移動する。
横回転をかけて、河童の攻撃を回避するけれど、もう、床は穴だらけ。
砕けたコンクリートが辺りに散らばり、埃もひどい。
だけど、蒸気とともに捲き上る土埃が今は命綱だ。
その流れを見て、よける場所を探していく。
『鎧によっては、空気中の蒸気、集めれるんだぞ』
カゲロウの声が浮かぶ。
鎧によっては……?
「ほらほらどうした、ゴキブリ君!」
僕は逃げに徹する。
まだ、倒すタイミングがない。
それよりも、僕が少しでも生き残る方が大切だ。
砂山の影に身を転がすと、息を潜める。
この場所はまだ見つかっていない。
河童は用心深く耳を傾け、注意を払っている。
圧倒的な力の差があっても気を抜かないところが、憎たらしい。
僕はどこか攻めるポイントを探すけれど、天井にはチェーンはあるけど、それを斬り落とすものがない。
砂利を流すベルトコンベアーが、壁を囲むように伸びているけれど、そこに逃げたところで、足場が悪いだけだ。
それを崩しても河童に致命傷にはならない。
もっと、大きな攻撃をしないと……。
それも、フェイントで……!
「温度が低いな」
河童がちらりとこぼす。
片手で足元にあった大きな岩盤を持ち上げ、溶鉱炉へと投げ飛ばした。
焼きつく音と匂いが立ち込めるが、石の中の微かな蒸気石が溶けて、空中へ湿気と温度を上げてくる。
「いい感じ」
砂で滑る右足を踏ん張った。
地面に擦れる音が、一瞬立つ。
「……そこだね!」
ぐん! と突進した河童は僕の隠れた砂山を殴り飛ばした。
後方へと体を逃すけれど、足が浮ききらない……!
「捕まえたぁ」
逃げ遅れた右足首が掴まれる。
まるで虫の気分だ。
飛びたいのに、飛び立てない!
にちゃりと笑った河童は、目を細めて、とても楽しそう。
僕はここぞとばかりに必死に頭を蹴るけれど、ただの岩だ。びくともしない。
足を回そうにも今にも潰されそうな足首のせいで、うまく体勢も取れない。
「なんで僕の場所がわかった」
「温度が上がるとね、音の速度が上がるんだよ。かすかでも音を立てたあんたが悪い」
最後の一本の苦無を腰から抜き出したとき、河童は腕の噴出を利用して、僕を軽々と壁めがけて投げつけた。
「くそっ!………あっ! がっ!」
正面に投げられた体をとっさに丸めたものの、丸きれなかった。
肩で壁を受けてしまった。
コンクリートに円形にヒビが入り、錆びた鉄筋が現れる。
崩れたコンクリートはかなり粉々で、そのカケラを見ただけで痛みが五倍になる。
「……っ」
歯を食いしばるしかできない。
痛みが引かない。
ナノマシーンも、もう、ない!
もろに受けた左肩が上がらない。さらに右腕の蒸気石が減りすぎている。
油が切れた機械みたいに、ギシギシと肘が伸びていかない。
……詰んだ。
こんな絶望は初めてだ。
死が、もう、背後にいる───
「力の差がわかったかい?」
ゆっくりと近づいた河童は、僕の首を片手で掴む。
「さっきは殺そうと思ってたけど、やっぱりあんたの蒸気の操り方、好きだな。暗殺向きだ。……こっちにこないかい?」
持ち上げられた体だけれど、抵抗する力もない。
右腕で河童の手首をつかむけど、こんな力、幼児の握手より弱そうだ。
「早く決めないと、……死ぬよ!」
僕の首がグッと強く握られる。
息が詰まる。
喉の奥が潰される……!
立ち膝の状態で動けない。
右腕をナイフにしようにも、蒸気石が足りなすぎる。
それに意識が朦朧としているからか、ピクリとも変化がない。
頭のなかは焦っているのに、体が全く動かない。
もう、全身が痛い。
顔が熱い。
頭が痛い。
呼吸が、でき、ない…………
「河童!」
声とともに放たれたのは電撃弾だ。
背後で何をしていたかは河童であればわかっていたはずだ。
だから、わざとそれを受けたのだろうけれど、予想外の痛みだったようで、河童から「ぎゃっ!」と声がもれる。
それはそうだ。
あの最新の鎧なら、銃弾ぐらいどってことはない。
なのに、電撃が通ったのだから。
床に投げ落とされ、ひとしきりむせ続ける僕をおいて、朱が叫ぶ。
「どうだ、河童よ! ボクが仕上げたその電気弾は!」
「……いってぇなぁ」
「普通は電撃も通さないが、ボクのは特別製だ。鎧にしか効かない電撃だ!」
「……クソガキが!」
河童が瞬間移動したように見えた。
蒸気を圧縮して踏み出した。
体が鋼のように硬いからできる技だ。
だけど、僕の体は、もう……足が、腕が動かない……!
瞬きしている間に、薄暗い工場の中から持ち上げたのは、小さな朱だ。
首を捕まれ、爪先立ちとなった朱がいる……。
「……あ…や……!」
もう、腹から声も出てくれない……!
なんなんだ!
僕の命は、彼女を守るためにあるんだろ……?
僕の命は、守るためにあるんだろ……!
…………動け。動け。動け!!!
願っても願っても、体は動くことを忘れたように固まっている。
鎧すら体の重しのようだ。
地面にはりつく体を起こすこともできない。
「離せ、河童!」
朱の小さな足がパタパタと揺れている。
河童は無様に動く朱を笑いながら、あいている左手で朱の腹を叩く。
「……ぐっ!」
「こういう地味な攻撃、あたい嫌いなんだよね? シラカバ様から、お前を生け捕りにしろっていわれてるが、骨が折れるぐらいいいよな……? だいたい、なんでパレードが早まったんだよ! お前のせいだろ、ああっ?」
一層強く握られた朱の体がのけぞった。
「ボクは……関係、ない……」
「はぁ?」
「ボクは、もうすぐ、香煙から……きら、れる」
「それでもあんたは切り札なんだよ!……はぁ……チャラチャラしたこの髪、邪魔だね!」
河童が取り出した小刀が空を切る。
絹のような黒髪が、はらりと舞って、汚い地面に…………
……あの髪の毛は、朱が自慢していた髪……
『──祖母が大事に撫でて櫛を通してくれた髪だ。祖母との思い出が詰まってる』
今はいない、おばあちゃんの思い出が、斬り落とされた…………───
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河童の対決ですが……
もう、危機に危機が上塗り状態!
ぜひ、次話をお楽しみに。





