二十二話 〜活路を求めて
「……やっちゃったかも……」
僕の気持ちを萎えさせるには十分な景色が広がっていた───
窓がないために、漆黒に塗られた室内。
採掘選別処であったことで、砂の山、石の山と、足場の悪い場所が転々と……。
さらに、溶鉱炉がある。
クズ石を燃やし、人工石炭をつくるためのものだ。
それが、……生きてる。
「なんで、溶鉱炉が動いてるわけ?! ここ廃工場じゃんっ」
むわりとした熱気がときどき頬をかする。
河童が作動させた可能性が高い。
……理由は全くわからないけど。
ただ、僕が叫んでも、誰もこのことに答えてくれない。
空中に浮かび、足場を探す僕に、小脇に抱えた朱が叫んだ。
「暗視スコープ、使えるぞ!」
レンズを覗くと、暗視という文字が見える。
すぐに視線を当てると、暗視スコープとなる。
砂利山の影に朱を下ろすが、河童の動きは余裕そのものだ。
「いくらでも隠れていいよ? 音が反響するここは、とっても都合がいい。それに湿度もあるしね」
やっぱり溶鉱炉を動かした理由があるようだ。
「これは、ボクらが間違いなく不利だな! 地の利を活かせん! だが、隼、兜がある! それを活かせ!」
「……わかってるってばっ」
「またまた痴話喧嘩はやめてくれよ。妬けるじゃないか!」
飛び出してきた岩の塊を僕は右腕で打ち砕く。
正確な投石だ。
間違いなく、場所がバレている。
投げ飛ばした方向より、さらに手前で煙玉を破裂させた。
朱をどこかに隠さないと……。
蒸気が揺れた……!
朱をとにかくおろし、両腕でガードをつくり構える。
左!……いや、後ろ!
後頭部を狙った上段蹴りを間一髪で避けたタイミグで、朱が走り出した。
「ボクはボク自身を守るから安心しろっ!」
逃走のフォームは一人前だ。
どこまで走れそうなほどきれいな体の流れ、白い足の上がり方、そして、さらに素早い。
朱を横目で見送り、右にずれた河童を捉える。
暗視スコープに加え、動作センサーで河童を見つけようとする。
「目で追う気かい?」
耳元の声に、右腕を回す。
一回転しても届かなかった河童の間合いに、僕はかがみ込むと、天井付近まで跳んだ。
少しでも視界を広くするためだ。
「……意外と骨があると思ったのに」
残念そうな声が、また耳元で響く。
寒気におされるように、後方回し蹴りをしかける。
鼻先をかするように僕の足は抜けていくけど、脛に向けて手刀が落とされた。
「ぎっ!」
絶対、骨逝った。
逝った。
破れた風船のように僕は落ちていく。
かろうじて肩甲骨の境から蒸気を噴出し、床への衝突は免れたが、もう、僕は泣いている。
「……いだいっ!」
「おいおい、男だろ、泣くんじゃないよ」
すぐに動きが見えなくなる。
兜のセンサーはまるで無駄だ。
遠くから狙うのなら十分発揮できる道具だけど、接近戦で、高速で動くものを捉えるには追いつけない。
下手に機械に頼ろうとする分、動きが一拍遅れている。
『大丈夫だって、隼。ちゃんと足を見ろ』
カゲロウの声を脳裏で僕は繰り返す。
足を見る理由は、蒸気の流れを読むためだ。
僕は最後の煙玉を床に転がす。
蒸気の流れで動きを読む───!
「散れ!」
一面に広がるように蒸気が立ち込めていく。
おかげで動きが、軌道が見える……!
右、左、……後ろ!
「……へえ、このスピードに追いつくって、大した男だね」
なんとか拳を抱え込むが、簡単にふりほどかれる。
すぐに僕の作戦に気づいた河童は、執拗に体が狙われる。
一三〇㎝の河童にとって、蒸気を避けるように浮かぶと、ちょうど僕の腹の位置に足が向くからだ。
右腕を加工し、盾のように伸ばすけれど、強度が足りない。
「薄くなれば弱くなるって、意味ないじゃんっ」
右腕の強度問題はこれから克服するとして、鎧の状況がまずい。
胴の損傷が四〇%をこしてきた。
こういうときの兜との連動が、すごくありがた迷惑!
わかんないものは、わかんないなりにこなせることもあるじゃない。
……このままいくと、今は濃い痣ですんでいるけど、また、骨が逝ってしまう……。
ちなみに脛の骨は、修復済み!
「まずい、まずいっ!」
首を回し、脚を使って逃げるが、これじゃ体力の消耗が激しい。
右手をフック状に変形させると、タックルの要領で体を低く屈めたまま、直進。
身を翻したタイミングで、軸足にフックをひっかける。
鎧の引き戻す力を利用して河童の体制を崩し、腹部に膝を打ち下ろした。
鳩尾に入った膝だが、硬い──!
「あたいの鎧は、胴があの最新。それぐらいじゃびくともしないよ」
口元だけで笑った河童の後ろから、
「隼、鎧を求めろ!」
朱の声だ。
だけど意味がわからない。
河童から離れようと飛び上がった僕の体だが、浮かばない。
足がつかまれたっ!
「少しは戯れてくれてもいいじゃないっ」
河童の太い腕は僕を地面に叩きつける。
床にゴキブリでもいたのかってぐらいの叩きつけ方だ。
蒸気で身を守っても、ほとんど意味がない。
蒸気を追加しようと、肩のホルダーに手をかけた。
……ない。
見るけど、ない。
「……嘘だろ」
右から滑るように走りこできた河童をぎりぎり避けたものの、蒸気石の不足は命取りだ。
「おいおい。自分の石のストック、わかってなかったのかい? まだまだお子ちゃまだ」
息が止まりそうになる。
窮地というのは、なぜ、こんなに簡単に迫ってくるのだろう!
接近戦が得意な河童が僕の懐へ。
下から覗きあげる河童の顔が、まるで爬虫類に見える。
頬の奥まで裂けた唇、離れた目、穴だけ見える鼻が、本当に河童のようだ。
そう、これだけはっきりと河童の顔を見つめられた理由は、危機的状況になるとスローモーションに見える、アレだ。
顎に向かってゆっくり伸びてくる右腕。
腕が短いため、僕の体にぐっと寄っている。
兜に意識を向ける。
───助けて!
祈った瞬間、河童の胸元が揺れた。
見間違いじゃない。
ざわりと、揺れた。
水面に物を落としたときみたいに、波紋が広がる。
のけぞるように河童は後退し、僕と距離を取った。
小さなごつい手で、胴を確かめるように触っているが、見た目に変化はない。
「……なにあれ」
僕は思わず凝視してしまう。
「お前、なにかしたのか? あたいはこの鎧、気に入ってんだよ。なんかしたなら、引き入れは止めだ!」
河童は四股を踏んだ。
「……ぶっ殺すっ!」
人の沸点スイッチはわからないものだ。
禍々しい殺気に飲まれないよう、僕は必死に歯をくいしばる。
……けど、やっぱり、もう、死ぬかもしれない。
僕は苦無を握り、覚悟を決めたのだった。
お読みくださり、ありがとうございます。
とうとう始まりました、河童との戦闘です。
どう決着がつくのか、ぜひ、次話をお楽しみに!