二十一話 ~河童を求めて・再び
まず、潜伏先のビルの屋上に着地し、中の様子を伺えるだけ伺おうという今回の作戦。
この作戦を立ててくれたのは朱だ。
「ちょうど天井に穴がある。これがどれほど見渡せるかわからないが、兜があれば解析が可能だ!」
朱の言葉通り、対象物が近ければそれだけ解析できる内容も増える。
僕が右腕を出すと、そこに朱がすばやく腰を下ろした。
「よし、掴まっ」
ぶわりと朱の髪がなびく。
蒸気の風───!
僕はすぐに朱を抱えこんだ。
体の小さな朱は僕の胸のなかにすっぽりおさまる。
……と思っていたけれど、胸が邪魔してうまく抱えられない。
それでもこの場に止まれない──!!!
かかとから蒸気を流し、浮き上がる。
全身の鎧のおかげで動き方が細やかだ。
反射速度もよく、空中を滑るように浮かんだとき、頭から声がする。
「意外と本格的なやつが来たもんだ」
反転させて見上げると、鉄塔の影から現れた。
全身深緑色に染まったゴツく、丸い物体……。
すぐに兜の『目』が警告を発する。
『標的確認___【和名:河童】』
右目の前に出したレンズに赤字で光っている。
河童は僕らの横をするりと抜け、音もなく僕らが今までいた屋上に着地する。
僕は一定の距離で浮きつつ、赤文字越しに睨む。
「わーわーうるさいから、あたいがわざわざ迎えに来てやったのに、なんだ、その顔は。……ま、あんたらの動きは、八分前からわかってがな」
……消えた!
違う。よく見ろ。蒸気の波を───
──ズリッ。
屋上に足を踏み込んだ音だ。
その瞬間、天井に大きな穴が空く。
河童が踏みこんだ力で、もろいとはいってもコンクリートの天井に穴が開くなんて……!
右からの方向に腕を構えたが、左側……!
無理やり体をひねる。
足が蒸気をまとって、僕の体をかすめていく。
「……がっ!」
体が回る。
ひどい蹴りだ。
当たってもいないのに、蒸気の球が僕の脇腹を直撃した。
朱の頭を抱え、地面に激突する瞬間、蒸気を吹き出す。
人肌の蒸気が僕らのクッションとなったけれど、かすっただけで、これほどの力なんて……。
怪力なのは間違いない。
「ボクは隠れる!」
腕からすり抜け、走り出した朱に、目で向こうへと指示を出す。
潜伏先のビルの下には、工業用の蒸気トラックが並ぶ。朱は素早くそこへ隠れると、ひょっこりと頭をだし、
「隼、がんばれーっ!」
瞬く間にトラックの奥へと体を滑り込ませた朱を見送り、もう一度、河童を見る。
河童も見事な深緑の鎧をまとっている。
まるで釣りのウキのように、浮いたり沈んだりしながら、僕をじっと見下ろし続けている。
「河童が見てるだけなら……」
僕は煙玉を取り上げ、空中に向けて投げつけた。
刺さっている蒸気石が起爆剤となり、白い煙が大きく広がる。
河童のフォルムは丸く大きいため、すぐに当たりをつけ、回し蹴りをしかける。
真横に浮いた体を四回転させた蹴りは、相当の威力がある。
蒸気の勢いをつけて河童の首に打ち込んだ。
「……なっ!」
足が痺れる。
まるでコンクリートを蹴り上げたみたいだ。
「いい反応だよ、あんた! 鍛え甲斐がある」
河童の小さめの手に僕の足首が捕まった。
びくともしない。
握る手を削ぐように、反対に回転をかけ、空中に逃げるも、すぐに河童がおいついてくる。
苦無を投げ、目をそらさせた隙にアッパーをしかけるも、軽々とかわされ、拳すらいなされる。
傾いた体を持ち直せば、河童は背後に移動し、にやにやと笑う。
……だが、さっきの一発以外、攻撃がない。
ただ品定めをする視線は止まらない。
「……あたいね、シラカバ様から頼まれたの。あんたの勧誘」
言いながら指をさしたのは、僕だ。
「……どう、いう……」
「簡単。鎧奏できるなんて珍しいからね」
「鎧奏って鎧を変化させることだろ……誰にだってできるだろ」
「あら、お嬢ちゃん、説明してなかったのかい?」
トラックの真下から朱はひょっこり頭だけ出すと、声が届いた。
「別にできていることを説明する必要はない!」
すぐに引っ込んだ。
「手長足長の兜、変化してなかっただろ? あれは使ってなかったんじゃない。使えなかったんだ。まあいいさ。……で、あんた、こっちにきなよ」
「なんで……」
瞬きする間に消えた。
すぐに背中に痛みが。
息が詰まる。
「げぇ……ぼっ!」
地面に激突する寸前、蒸気を噴出させ、無理やりとどまるけれど、こんな石の使い方をしていちゃ、簡単に消耗てしまう。ここに来るまでにも三本使い、この動きで、すでに二本ずつ足に追加装填している。
「……早く決めないと、あんたの骨、粉々になっちまうよ?」
足を見ろ。よく見ろ。
カゲロウも言ってたじゃないか。
『飛んでようが何しようが、人間がやってんだ。お前にだって見えるし、わかる!』
……やっぱり嘘! それ嘘!!
だいたいさ、プロの殺し屋と素人の僕の動きなんて、雲泥の差じゃない。
それこそ、赤ん坊とアスリートぐらい動きが違うと思うんだよね!
「ほらほら、どうするんだい?」
裏太ももが蹴りあげられた。
蒸気靴のせいで、大きく後転させられる。
「……いっ!」
受け身はとれたものの、体が軋む。
ナノマシーンなんて、保って数分じゃないだろうか。
だけど怪我は治してくれてるのがわかる。
形状記憶合金みたいに、骨がメキメキ補強されてる。
だけど痛みがなくなるわけじゃないってことを、体感で教えてくれる。
ナノマシーンが怪我を治してくれるけど、痛いものは、すごく痛い!
「これ絶対勘違いする人いる……」
「なに、ごちゃごちゃいって。で、どうすんだよっ!」
ストレートに飛んできた拳を僕は掴んだ。
「ぼ、僕は! 隠密になっても、暗殺者には、なーりーまーせんっ!」
手首と肘を持って投げ飛ばそうとするも、ビクともしない。
そう、この河童は一三〇㎏もあるんだった……!
すぐに足技に切り替え、自分自身を回転させる。
このまま掴んでいたら、僕の腕がまた千切れてしまう。
間合いを取り、顎に向けてかかとを突き出した。
不意打ちとなったはずの蹴りだが、かすった程度だ。
「けっこうやるじゃない……あんた、ただの高校生じゃないね」
「僕はそこらへんの石ころ高校生ですっ!」
足技を中心に地面を這うように攻撃を繰り出していく。
ブレイクダンスとフィギュアスケートのイメトレはかなり有効だ。
足技が中心になるけれど、重心を下に下げることで、不意打ちを狙える。
地面を這うように蒸気で滑り、河童の脛に苦無を向けるが、丸いくせに動きは俊敏だ。
転がるように苦無を交わす。
僕は続け様にブリッジの要領で足蹴をくりだした。
河童の頬を足で殴れはしたが、暗殺者にとってこの攻撃なんて、幼児のビンタぐらいだろう。
鼻血が出て入るけれど、手の甲で素早くぬぐい、僕の足首をつかんで、ぶん投げられる。
が、僕だってこれぐらい想定内だ。
空中に放り出された瞬間蒸気を噴出。
すぐに河童の懐目掛けて飛んでいく。
「……おっ、切り返しがはやいじゃないか」
地面に両手をついて体を浮かせると、ドロップキックを仕掛ける。
だが、寸前で避けられてしまう。
「キテレツな攻撃だね、あんた」
──とにかく技をつなげる。
これが功を奏しているのか、河童のテンポを若干崩せている……!
一つ一つの攻撃を正確に打ち込まなくちゃ……。
慎重になる僕とは裏腹に、河童は不敵に笑うばかりだ。
「素人でこれほどの奴に会うなんて、めっちゃ興奮しちゃうっ!」
すると、河童は目をつむり、アイマスクをおでこから引き下ろした。
「……は!?」
一旦距離をとるけれど、これは作戦なのか……?
目を隠すことに、なんの意味が……?
三メートルほど右にずれる。
河童も僕のほうにずれてくる。
背後を取ろうとするも、振り返り様に河童の拳が飛んでくる。
「……なんだ……」
河童の状況がわからず、のけぞりながら背後に飛び、高さが一メートルほどのコンクリートの壁裏に潜り込んだ。
だけど、なぜかそこに、朱が。
「ちょっと、もっと遠くに隠れてよっ」
「うるさいぞ、隼!」
なぜか朱はあきれ顔で僕を見る。
「河童のアビリティは音だ。わからんのか! もっと静かにしろ!」
「はぁ? 朱にいわれたくないよ!」
すぐに頭上からかかる影に気づき、僕らは視線をあげた。
「あたいの前で痴話喧嘩なんて、図々しいガキどもだっ」
河童が両手を組んで振り上げ下ろす。
朱を抱えて離れるけれど、コンクリートの壁が簡単に粉々になる。
破壊の風圧で僕の背中が押されるほどだ。
「うわ、やばっ」
舞い上がった大きな破片を手でカバーし、よけていく。
だが、河童の攻撃に関心しているのは朱だ。
「音に集中するために目隠し! なかなかだな、河童!」
「ちょ、もっと静かに言ってってば!」
そんな僕たちに構うことなく、河童はどんどん距離を詰めてくる。
間違いなく僕らが見えている──!
「おらおら、遅いんじゃねぇのっ?」
河童の回し蹴りが砂利の山を吹き散らした。
それを隠蓑に僕は蒸気圧を一気に高めた。
「朱、工場の中に入るよっ」
「お? わかったぞ!」
もしかすると、これは全て河童に仕組まれたことだったのかもしれない。
結局、朱を連れて工場の中に入ることになったんだから……。
ただ、これが墓穴だったことを入って一秒で気づいた僕は、まだ、偉いんじゃないかな。
お読みいただき、ありがとうございます。
河童との対決が続きます。
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