二十話 ~潜伏先を求めて
光がない迷路街は、ネオンの灯りで日常を保っている。
この明かりがなければ、ただの大きな穴であり、ただの具現化した地獄でしかない。
この迷路街の電力を維持しているのが、十勝岳となる。
十勝岳は今もなお活火山であり、その熱を利用して地熱発電を行っている。
二十四時間、電気が必要な迷路街に、途切れなく十分な電力を供給してくれているのは、本当に有難い。
十勝岳から地熱発電を行っているのだが、その発電所があるのは、日高山脈を跨ぎ北海道の中央に向かう途中の美瑛地区にある。
美瑛地区は富良野地区と並び、小高い丘が連なる景色が魅力の場所だ。
地熱発電所関連の工場も多い地域だが、農業も盛んで、小麦や馬鈴薯の生産が盛んな地域でもある。
有名な景色だと、小高い丘になびく麦たちが夕焼けの色に染まっていたり、また朝日で白く光る穂が、青く広い空とのコントラストがよく映えていたりと、北海道の代名詞的な景色を有している。
……というのは、すべて、映像からの知識だ。
幼い頃に迷路街から出たことがあるそうだが、僕は全く記憶にない。
だから、この北海府がそんな景色を描いていること自体、僕はにわかに信じがたい。
毎日、ネオンと暗がりの中を生きている人間にとって、太陽光は特別な光だ。
その光の恩恵を受け取れない僕らは、定期的に支給されるビタミン剤で補うしかない。
しかしながら、その美瑛地区の地熱発電所がなければ、この迷路街は生きていけないわけだ。
もちろん、美瑛地区以外からの電力の供給はあるけれど、九割が美瑛地区の状況だ。
仮に美瑛地区が何かの関係で電力を供給できないくなったとなれば、釧路湿原地区の風力発電や、苫小牧地区の火力発電に切り替わることになっている。
とはいうが、やはり、この美瑛地区の地熱発電の効率の良さは、道内一だと思う。
この地熱発電だが、もちろん、日高山脈を挟まず、十勝平野側で行うことも可能だそうだ。
だが、原則として、迷路街のすぐ隣りに発電所を置かないことになっている。
理由は、リスクの分散、だ。
リスクの分散といって、納得するのは蒸気街の人間だけじゃないだろうか。
迷路街の人間からすれば、分散させるのは、蒸気街を守るためにしか思えない。
だいたい、蒸気街を守るために迷路街がある、という話もある。
ゴミが水に沈むように、悪いものを沈殿させるために迷路街がつくられたと聞くと、妙に納得できてしまう。
すべて、蒸気街を中心にして考えたことなら……。
この電気だって、工場が二十四時間稼働しつづけているのだって、全て蒸気街のためになる───
そう思うだけで、僕は息が苦しくなる。
だからか、僕は死にたくなるんだ。
……いや、実際、死のうと思っている。
白い電球が煌々と照らす道を滑りながら、僕はいつも思ってしまう。
「明るすぎなんだよ……」
僕の声が聞こえたのか、朱がちらりと僕を見た。
「明るいのは嫌いか?」
「街が寝ないからか、慢性的に寝不足な気分になるんだ」
「なるほど。……白夜の街だな!」
「あ、それ、いいね」
『白夜』という綺麗な言葉とは裏腹に、ヘドロと油と腐った肉に塗れた、ただただ明るい場所が、工場地区だ。
この区域のなかに、居住区も若干あるそう。
だけどこの地区に通って工場を動かしている者が大半だろう。
なぜなら───
「うるさいな!」
叫ぶ朱の声も、心なしか小さく聞こえる。
理由は、工場で動く機械の作業音だ。
二十四時間、工場が絶え間なく動き続け、さらに細かな振動が常に体を揺らす。
ゴンゴンゴンと鳴る音は採掘機械の音。ときおり、爆発音も低く唸る。
これほどの音が激しい場所で、寝起きができる人間はそうとう訓練された人間だろう。
「こんなに蒸気石、よく採れるよね……」
掘り立ての蒸気石が地底から巻き上げられ、ベルトコンベアーで選別処の工場へと吸い込まれていく。
ひと昔前に比べると、採掘量は減ってきているとは聞くが、常に地脈が蒸気石を生成しているそうで、向こう二〇〇年は平気とも聞く。
どれが本当で、どれが嘘かはわからないけれど、この街は蒸気石の採掘、加工でなりたつ場所なのは間違いない。
逆に言えば、それしかない街でもある。
「はぁ……酷い街だな……」
「何を言う、隼! 素晴らしい街だ。この迷路街があるから、ボクは鎧をデザインできるんだ!」
「そう思ってくれる人がたくさんなら、ここもこんなに荒れてないと思う」
朱はこれ以上なにも言わなかった。
僕の絶望をこの街が育ててきたのだと感じたのかもしれない。
もう少し言葉を選べばよかった──
そう思ったとき、大きな鉄塔が目の前に現れた。
蒸気を手から噴出させ、朱を抱え直すと、体を前転させながら、避けていく。
間違いない。この鉄塔は、この前までなかったものだ。
それを証明するように、真新しい銀色の鉄がライトに照らされ、ギラギラと目に痛い。
「鉄塔が生えてる。迂回しよう」
「どうしてだ?」
「鉄塔の奥には必ず高炉があるんだ。このままいくと熱で僕ら焼けちゃうよ」
「物知りだな! さすがだな、隼!」
「さすがだなんて……普通だよ」
朱は些細なことなのに褒めてくれる。
それが不思議だし、嬉しいし、心がこそばゆい。
「隼、笑ってどうした!」
彼女なりの疑問系なのだが、工場の音が大きすぎて、単に怒鳴ってるようにしか聞こえない。
僕は朱に見つかったのがちょっぴり恥ずかしく、素早く口を結び直す。
そんな僕の顔をじっと見るけど、朱はまた前に向き直った。
辺りを見回しながら、自身の腕時計を見やる。
「あとどれくらいだ?」
「想定通り、あと十二分ってとこだね」
迂回しながら進む道は、廃棄物処理場と、高性能工場の乱立の隙間だ。
この工場群のおもしろいところは、設備の差かもしれない。
蒸気街のスポンサーがつけば最新工場になるし、下請けし続けてる工場みすぼらしい建物になる。
ただただ公平なのは、錆だけ。
蒸気石の加工から出る蒸気は、鉄をすぐに駄目にしてしまう。
だからどんなに最新設備であっても、錆が常に鉄を食べ、今も錆が蒸気に舞って、茶色に滲んでいる。
──鉄臭い空気の中を進むこと七分、目的の廃工場の近くに到着した。
改めて場所を確認しながら、建物の後方の状況が見える場所に移動する。
身を潜めながら状況を確認していくが、この隠れている工場も同じ廃工場で、痛みが酷い。
「朱、足場悪いから気をつけてよ」
ところどころコンクリートが剥げ落ち、錆た鉄骨が見える。外にある建物なら草木が茂るのだろうけど、ここは地下。一滴の雨も太陽の光もない場所だ。
採掘場の土埃と、錆、そして腐った生き物の臭いが漂っている。
「隼! 目標の工場は本当にボロボロだな! ここも酷いがな! いつ崩れてもおかしくない!」
「ホントに蒸気にやられて酷いね……ていうか、隠れてるんだから、少しは声、ひそめてよっ」
侵入者用の仕掛けなどあるかと目を凝らすけど、なにも見つからない。
「やっぱ、肉眼は無理か……」
「そういうときは、兜を使え!」
自信満々の朱がコツコツと兜をつつく。
「どうするの?」
「兜のつばに、少し出っ張ったところがあるはすだ。そこを目の前に引き出すように引っ張ってみろ!」
兜のつばの裏を撫でると、たしかに出っ張りがある。
それを右目の前に引っ張り出す。
「……お、なにこのレンズ?」
驚く僕に、朱は腕を組んで胸を揺らし、ふふんと体を仰け反らせた。
「可視化始動!」
朱の声に反応して、レンズが動き出す。
レンズの左下に色んな項目が浮き出てあり、例えば、『赤外線』と書いてある文字を見てから、レンズを覗き直すと、赤外線画像に……!
「なにこれ、なにこれ! めっちゃスゴいんだけど!」
「そーだろー! そーだろー!!」
さらに映したデータを構築し直し、先程チップの映像を見た要領で右腕から映像が浮かび上がる。
立体的に、見える範囲を構築してくれるおかげで、潜入経路を探すことも可能だ。
大まかに完成した画像を指で滑らせ回転させながら、僕はつい興奮して言ってしまった。
「朱、これ、マジで便利!」
「当たり前だ! 仮に体のどこかに不自由があっても、快適に感じられる性能にしてあるからなっ!」
「本当に便利すぎる……腕が無い方がいいなんて……」
朱が押し黙ってしまった……!
僕のバカ!
一番のネックな部分を僕が言ってしまった……!!!
横目で朱を見ると、唇が一文字に結ばれている。
本当に、僕のバカ!!
興奮してたから、口が滑った……。
「……ごめん、朱。さっき言ったのは結果だから、その、なんて言えばいいんだろ」
「いや、結果が全てだ!……本当に、とんでもないものを造ってしまったんだ、ボクは……」
今回ばかりは彼女は笑わなかった。
『肉体の上位互換を創ったわけではない』
朱の朱い目から聞こえてくる。
「……よし、引き締めていくぞ!」
朱の雰囲気が変わった。
彼女が前を向いた瞬間だ。
だから僕もつい、前を見てしまう。
……朱には、そんな力があると思う。
お読みいただき、ありがとうございます
次話は河童と対決となるか!?
お楽しみに!!!