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十九話 〜河童を求めて

 僕は慣れない鎧にギクシャクしながらも、一人テンションを上げていた。夢にまでみた鎧装備だ。これから死ぬかもしれないので、この瞬間だけは大事にしたい──!!


「どうしよ……これからヤバいのに、気持ちもヤバい……!」


 改めて装備を整えてもらいながら、僕は一つ一つ目で確認していく。


 肩に差し込まれた最上級蒸気石が鈍く光りながらも、それを際立たせるのが、漆黒の鎧のおかげ……!

 ウェットスーツのように布を着込んでいるのだけれど、とても伸縮性がいい。さらにその薄布だけで銃弾を押さえ、切傷を防ぐ、とはいうが、どれほどの強度があるかはわからないので、期待はしないでおく。

 その布にかぶさってあるのが、僕の右腕と同じ鎧だ。

 胴を囲う黒い鎧はかなりの強度を感じる。

 苦無をトンと当てたときの音の響きが素晴らしかった……!

 繊細ながらも、強度、さらに密度のある鎧だ。……朱の受け売りだけど。

 腰回りに撒菱の袋、左脇腹と右脇腹に苦無を三本ずつ、身を隠すための煙玉が二つ。


「あとは、僕の腕が武器、か……」

「なに、ぶつぶつ言ってる? ほら、早速出発だ!」


 朱に兜をかぶせられ、僕らはキリ爺の店から勢いよく飛び出した。

 が、戦略らしい戦略もない状況だ。


「対峙すれば、どうにかなる!」


 朱はセーラー服に着替えての移動だが、あいかわらずの前向き発言だ。


「朱はどうしてそんなに前向きなの?」

「では、なぜ、隼は後ろ向きなんだっ?」


 そういわれると、答えることは全て『後ろ向き』になってしまう。


「……心配事はないの、朱には?」

「そんなもの、数えていたらキリがない!」


 たしかに今の僕たちは、数えている場合じゃないのかもしれない。

 もう一度、時間を確認したとき、


「……隼、どうした、時計ばかり見て」


 鎧の仕草で何をしているのかが朱にはわかるらしく、言い当てられてしまった。


「ちょっと、のんびりしすぎたかなって」

 

 現在、十三時。ここから向かうとなると、二〇分はかかってしまう。

 明日のパレードまでにシラカバまで辿り着かなければならないとなると、どうしても時間が惜しい。


「そんなことはない。休息は必要だぞ!」


 よし、と気合を入れても、ここは混沌の街・迷路街だ。

 綺麗な青空もなければ、清々しい空気もない。


「地下に潜るよ、朱」


 すぐに朱は僕の右腕へ。僕もかかとに力を込めた。


「咲け」


 かかとから噴き出し始めた蒸気は辺りにこんもりと満ちていく。

 僕はそこを割るように飛び上がり、そして、穴へと落ちていく。

 少し前とは違い、浮き方も、落ち方も何もかもが違う。

 どれも自分の思う通りに、細かい動きができる。


 その一方──


「はぁ……なんかキモい感じ……」


 ……というのも、出てくる前に僕はもう一度ナノマシーンの注射を打たれたのだ。

 新しいナノマシーンは、僕が怪我をすると自動的に治してくれる。

 大きな怪我になるほど打ち込んだナノマシーンが減るので、治癒効果が薄れていく。

 なので、極力、大きな怪我はしないように。

 とは言われても、自分だって痛い思いはしたくないから、努力はしようと思う。


 ただ、鎧と合わせて自分の体を守ってくれるナノマシーンなんだけど、造られた生命体が、体の中でうごめいているのを想像するだけで、どこかしこが痒くなってくる……!


「なんだ、震えて! 武者震いか!」

「そんなわけないでしょ? ナノマシーンが動いてるって思うと痒くなって……」

「思い込みがひどいな、隼は!」


 朱だけど、僕の腕の上に乗るのが慣れてきたようだ。もちろん、僕も上手くなっているんだけど。

 朱は、網を噴出する銃と、電撃をだす散弾銃を太腿に装備している。

 どちらもハンドガンサイズのもので、網が噴出する銃は、弾は三発。高性能ワイヤーで、中の獲物が暴れれば暴れた分だけ縮まる優れもだ。

 散弾銃型の電撃銃は、小さな電撃を放つ弾が一気に百個噴出し、触れれば激しい痛みくらいの電撃が流れる仕組みになっている。

 その右太腿の散弾銃を彼女は手に取ると、綺麗な動作で照準や弾の具合を確認する。


「問題ないな。早く撃ってみたい!」

「気持ちはなんかわかる」


 朱は、ひらりとなびくスカートを掴むと、裾をうまく足にはさんで、めくれないようにした。

 色白の少しむっちりした足がぴったりとくっついて、お行儀よく座っている。


「……ねぇ、朱、もっと動きやすい服の方が良かったんじゃない?」

「ダメだ! 女子高生はセーラー服が戦闘服だ!」


 意味はわからないけど、彼女のポリシーみたい。


「銃、構えるの、すごい様になってた」

「この手の武器は鎧に装備することも多いのでな! これぐらい扱えるぞ!」


 装備で扱えるのと、操作して扱えるのでは意味が違う。

 朱はそれなりに戦う力もそなえているのかもしれない。

 なんとなくでしかないけど、香煙家の当主候補がどんな宿命にあるのかを垣間見た気がした。


「隼、どうして五十七階層にいくのにこれほど時間がかかる?」


 落ちていく景色のなか、朱がふと口にした。

 なぜか制服のときは髪は絶対に下ろすというので、今、彼女の髪は怒髪天のように逆立っている。


「ね、髪、しばったら?」

「いやだ!」

「邪魔じゃないの?」

「祖母との約束なんだ。制服を着ているときは、髪を流せと」

「なんで?」

「おしとやかに見えるからだ! 祖母はボクを少しでも女の子らしくしたかったんだろう。だから約束を守っている! すばらしい孫だろう! それに、祖母に会うたびに、丁寧に梳かしてくれた髪だ。大切にせねばな!」

「おばあちゃんとの思い出が詰まってるんだね」

「そうだ! ……そんなことより、隼、時間がかかる理由は!?」


 僕は無数に突き出た蒸気管を辿り、話していく。

 現在、四〇階層半ば。環状線道路がだんだんと少なくなっている。

 まるで適当にやぶられた蜘蛛の巣みたいだ。


「その、五〇階層から下は工業地域なのは知ってる?」

「知らん」

「で、常に更新されてるんだ。蒸気管や電線、煙突、排気口などなど、生き物の血管みたいに日々増えててさ、三日前の地図じゃ古すぎるから」

「もしかして隼は常に更新してるのか……?」

「そりゃ学校サボってる学生だしね。だけど僕の地図も四日前のだから、迷うかもしれなくって」


 想定どおりに増えていた蒸気管に飛び移り、さらに下へと潜る。

 顎の下に下げておいた布を鼻先に持ち上げた。

 五〇階層に入ると、このあたりの匂いは独特になる。

 採掘されたばかりの蒸気石の匂いがする。

 蒸気石の香りは、少し酸味がありながら、柔らかな鉄の風味がするのは特徴的だ。

 ペトリコールと呼ばれるには、鎧から蒸気石を溶かさないとその香りにはならない。

 深く沈めば沈むほど、腐臭の香りと蒸気の香りがないまぜになって、予想通り、朱はもう吐きそう……。


「吐かないでよ?」

「……じゅん、バンガチは?」

「……え? 鎧着てるからないよ?」

「なぜもっでぎでない!」

「朱こそ、なんで持ってこなかったの?」

「もうなれたとおおぼっ……うっ……」

「ここで吐かないでよ!? 大丈夫っ?」

「はく」


 僕は悲鳴に似た声を上げながら近くのパイプに掴まった。すぐ下には運良く廃棄水路がある。


「そこで吐きなよ」

「ごんな掃き溜めに顔をぢがづけ……ぼっ!」


 抵抗があったようだけれど、無事に吐き出せたからよしとしよう。


「朱、鎧って思い通りに千切ったりもできるの?」

「……でぎなぐはないが、ぶづうはでぎない」(できなくはないが、ふつうはできない)

「そっか。でもやれるだけやってみようか」


 僕は兜に手をかざし、鼻に装着するフィルターを作れないかイメージしてみる。

 鼻に直接はめられて、息ができるフィルターだ。


「これ、本当に使えるのかな……?」


 掌に展開したのは、吸血鬼の棺桶のような五角形の蓋のない箱だ。

 ちょうど尖ったポイントが、鼻先にくるようになるようで、山を作る二面に小さな穴が開き、網状になった薄い幕がかかっている。


「はい、付けてみようか」


 朱の鼻に近づけると、彼女の鼻の低さに合わせて調整しているよう。

 ぴったりと吸い付いたそれだけど、見た目でいうと、鼻だけロボット化したような感じ。

 とっても変だ。だが………


「匂いがしない!!!! 臭くないっ! これはどこまでの匂いをシャットアウトしてるんだ!?」

「……そこまではわかんない」


 だけど、それでも匂いを感じないのは朱にとって重要のようで、死んだ顔だった朱が、とたんに生き返った。


「臭くないのは、正しい世界なんだ、隼よ!」

「よくわかんないけど、よかったよ」


 使い手の思いのままとはいうけれど、これほどに発揮するとは思ってもいなかった……。


「やっぱり、この鎧、すごいね」

「だろ? だろぉ? ボクは自分の才能が怖い……!」


 神に懺悔するぐらいの勢いだが、やっぱり顔がにやけている……。

 鼻がロボット化したのもあって、とても、滑稽だ。

 そんな朱は、自分の鼻をコツコツと叩くと、真面目な顔で僕を見る。


「隼、わかってるだろうが、この鼻に使った分だけ兜の強度が減ったと思ってくれ!」

「こんな微々たるものでも?」

「ああ。基本的に分けて何かをするためのものじゃないからな!」


 コツコツと僕の兜をノックした朱は、優しく微笑んだ。


「だが、ここまで加工ができるとは……。もうこの子も隼にぞっこんだ。隼は鎧に愛される男だな!」


 その顔が心底嬉しそうで、僕はどう返していいのかわからなかった。

 だけれど、少し認められた気がして、僕もちょっぴり嬉しかった。


「さ、急ごうか」

「ああ! 河童を波離間投(はりまな)げで、倒すぞー!」

「……それ、なに?」

「隼、相撲も知らんのか!」


 朱の知識の範囲がよくわからないけど、朱の見る方向は、本当に前だけだ。

 河童を倒し、胴まわりの鎧を手に入れよう───!

 今は、それだけが目的で、目標だ。


お読みいただき、ありがとうございます!


河童との戦いが近づいてまいりました

どんな戦いになるのか、ご期待ください!

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