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十五話 〜朝食を求めて

「……大丈夫か!」


 耳がキーーーンと鳴る。


「うるざいっ!!!」


 思わず飛び上がって身構えた。

 ベッドの上で、拳を構えた僕を見あげるのは朱だ。


 ポニーテールの朱は、とても顔が小さく見える。

 さらに制服ではなく、さっぱりとした灰色のスエットに着替えていた。

 やっぱりゆったりしたスエットでも彼女の胸は隠し切れていない。

 ぼってりと張った胸のシルエットに、僕はうんざりしながら自分自身に目を向けた。


 僕のほうは包帯がぐるぐると巻かれているものの、体の痛みは意外と少ない。

 肋骨の痛みも浅い。呼吸もできるし、ぶつけたかな? ぐらいの痛みだ。

 それにずいぶん体も軽い……。


「……なんだこれ」

「隼、驚くのはいいが、うなされてたぞ! 大丈夫か!」


 朱にいわれ、頬がつっぱる感覚がする。そして、冷たい。

 触ると涙だ。

 ごしごしと顔をこすり、なんでもないというと、朱はそれ以上聞いてこなかった。


「おうおう、起きたか、隼。もう、朝の八時だ。飯にしようぜっ」


 ノックもなしに入ってきたのはキリ爺だ。

 手にトレイがあり、そこには様々なパンが山に積まれている。


「それ、トカチ郷のパン?」

「おう。隼、好きだろ?」

「やった! 朱、食べたことないでしょ? 迷路街のパン屋なんだけど、安全安心で尚且つおいしいんだ。変なもの入ってないから、大丈夫だよ。食べて」

「では、ひとついただこう!」


 僕は大好きなメロンパンをとりあげ、さっそくひと口。

 ここのメロンパンはクッキー部分がさっくりした歯触りで甘さは控えめ。なぜなら、この中央にカスタードクリームが入っているから!


「相変わらずの美味しさぁ……はぁ……なんか身に染みる……」


 その場のベッドに座り直し、もう一口頬張ると、瓶牛乳を手渡された。

 キンキンに冷えた牛乳でメロンパンを流し込む。


「悪魔的だぁ……!」


 ひと息つきながらも、改めて現実がわからない。

 キリ爺は勝手知ったるという雰囲気。でも、長く通っている僕でも初めて見る場所だ。

 いつもは薄汚くて、コードと配管と錆びた蒸気菅がぐるぐる巻きついているような店だし、ジャンク品も同じように、埃のかぶった棚の上に並んでいる。

 それほど広くない店内の奥はキリ爺の作業部屋と、あとは生活する部屋があったのは記憶にある。


 なのにここは、白い壁がぐるりと全面に貼られて、とても清潔!

 ただ窓はないためか、空気を循環するシューという空気音がときおり聞こえてくる。しっかり空気を浄化しているのがわかる。

 くさい臭いが全くしない。

 外気を取り込めば、うっすらと臭いがするものだ。

 だけれど、ここは蒸気酸素をボンベから吸引したような清々しい空気の透明度がある。


 さらに僕の周りには医療器具が所狭しとならんでいる。

 最新設備といっていい。名前の知らない器具が僕を囲み、全て新品の医療機器。

 ……おかしい。うん、おかしい。


「……ジャンクのものがないぞ、この部屋……」


 そう!

 ここは、ジャンク屋。

 カゲロウが仕入れた品をキリ爺の店で売る、という流れになっているはずだ。

 しかし、ここにあるのは、新品の器具ばかり。

 今も僕の左腕についた銀色のシールが、僕の血圧や脈を読み取って、黒い液晶画面に波をつくっているけれど、そのモニターすらも新しい。

 新しいものに驚く自分も嫌になるけれど、キリ爺の正体と、この環境が一致しない。


「……ねぇ、キリ爺、僕って今、どこにいるの?」


 僕は二個目のメロンパンに手を伸ばすと、朱に叩かれた。

 食べたかったようだ。

 僕はそのとなりにあるねじりドーナツを取り上げた。


「おう、簡単よ。ここは、ワシの工房の一つよ」

「こんな部屋あったの……? 全部、新品だよ……?」

「おう、匿う専用部屋よ。病院に連れて行けないような奴を治したりな。ちゃんと、お前の腕の匂いもケアしてあるから安心しろ」


 たっけぇぞ。キリ爺はニシシと笑いながら、チョココロネを取り上げた。

 尖った先をちぎり、そこからチョコレートクリームをすすりあげるのがキリ爺の食べ方だ。

 激しいすすりぐあいに朱の赤い目が点になってる。


「ね、キリ爺、カゲロウは?」

「あー……アイツならさっき出てった。今は()()()()()、なんだってよ」

「そっか。朱は会った? いいお兄さんだったしょ?」

「……隼は、騙されてる……」


 朱は豆パンを頬張りながら小声で言った。僕に対しての遠慮からかもしれないけれど。

 確かに初めての相手を信じろっていう方がおかしいのかも。

 ちょっと軽い雰囲気の人だし、適当に挨拶されたら、そう思っても仕方がない。

 だけれど、美味しそうに豆パンを頬張ってる朱を見るとなんでか安心する。


「隼、このパンはとてもおいしいな! やっぱり豆パンだな!」

「だよね。甘納豆の豆パンが僕好きなんだけど、朱は?」

「ボクも甘納豆だな。この甘さとボリュームがたまらん! これをちょっとあっためて、バターを塗ったらもう絶品だ!」

「なにそれ! めっちゃ美味しいやつじゃんっ」

「おうおう! 盛り上がってるとこ悪いが、隼」

「ん、なに?」


 二本目の牛乳を一気に飲み干し、ねじりドーナツの次に何を食べようか手を迷わせていた。


「おう……そのな、今、速報で、香煙家のパレードの日にち、早まったってよ」



 ──もう、パンを喉に詰まらせて死んだ方が良かったって、この時ばかりは強く思った。


お読みいただき、ありがとうございます


一難去ってまた一難!

がんばる隼を、応援いただけたら(◍´͈ꈊ`͈◍)よろしくお願いします!

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