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十四話 〜思い出を求めて

 三十九階層の西地区にある廃ビル【西〇〇七一】。

 ここはカゲロウが蒸気街で拾ってきたジャンク品を整備して販売する店が入っている。

 店主はキリ爺というおじいちゃんだ。

 見た目はハゲでメガネをかけていて、小さくて、変にマッチョで、近寄りがたいけど、根はいい人、だと、僕は思ってる。現にいろいろ教えてくれるし、ジャンクを分けてくれもするし。

 本名がキリシマとかいう話だけれど、通称で通じるのならそれ以上きかないのがこの街のルールだ。


 いくら道がわかるといっても、人の気配を避けながらの逃走は、この怪我ではかなりキツい。

 しかも、まだ朱が眠ったままだ。背負って飛ぶのが意外と堪える。


「……ねぇ、起きてよ」


 朱を揺すってみるけれど、顎に涎をたらすだけで返事はない。ぐっすりもいいところ。


「それだけ、気、張ってたのかな……」


 ───なんて優しい気持ちは二秒で終了!!!!


 もう肋骨も折れてるし、身体中致命傷はないけれど、切り傷がヒリヒリじくじくと痛み続けてる!

 悪いけど、いい加減、自分で歩いてほしいっ!

 ……というか、もう、


「……飛べ、ない……!」


 蒸気がしゅるしゅると萎んでいく。

 蒸気石が切れてしまった。

 朱なら、一本ぐらいどこかに隠していそうだけど、体を弄って探すわけにもいかない。


 あたりの景色を見るに、四十一階層付近だ。

 淀んだ景色と、少しマシになった空気。

 だけれど、治安は一丁前に悪い。

 止まらず歩くのがセオリーのこの街で、僕の膝は笑ってしまって動けない。鎧の右腕だって上がりそうにない。

 ……ただ邪な気配が迫ってるのはわかる。


「……どうする……考えろ、考えろ、僕……」


 ここで死ぬのは本望じゃない。

 もう少し、綺麗な身なりで死にたい!

 それに、……朱は生かさないといけない。寝てて起きたら天国とか、僕ならいやだし。

 ……いや、ある意味、幸せ?


 とにかく、僕に『生きろ』といってくれた人だ。

 生かさないと、罰が当たる。……たぶん。



 ───来るっ!



 最後の蒸気で右腕を黒刀に変えたとき、それがガチリと抑え込まれた。


「……あっぶないなぁ」


 灰色の鎧を身にまとった男は、黒い布で顔を覆っている。

 ほつれた布は適当にまかれていて、かろうじて見える目は猫のようにつり目で大きい。

 その目が、にこりと細まった。

 小刀で僕の腕を片手で押さえながら、顔の布をひきおろす。

 長い赤髪をかきあげ僕を見下ろしたのは、僕にとって、『安心』の顔だった。


「よ! 隼、めっちゃ怪我してるし、大丈夫か?」

「カ、カゲロウ……?」


 年齢不詳の少年系笑顔を僕に向けて、手が伸ばされる。

 僕はそれをつかみ、立ち上がるけど、足にもう、力が入らない。


「そこらへん走ってたら、お前、見つけたんだけど、マジ、大丈夫……? 誰とやり合ったんだよ?」

「よかった……よかったぁ……」

「ちょ、おい、……倒れるなよぉ! 二人も運ぶの無理なんだけど!」


 安心という気持ちは、簡単に緊張の糸をぶっちぎってしまう。

 カゲロウの嘆きが聞こえた気がしたけど、僕は意識を保つことはできなかった。

 意思に反して、遠くに遠くに飛んでいく。




 ───ねぇ、隼、将来、なんになりたい?」


 母の声だ。

 僕は砂場で遊んでいる。

 ちょうど小学校へ上がる前だろう。赤い靴が見えるから。

 当時、御煙番エースの『カリン』のイラストが入った靴だ。

 大好きすぎて、毎日履いていた。


 僕は、砕けて混じる蒸気石を砂場で探している。

 砂場の蒸気石を探すのは、子供の頃、一度は誰もが通る道だと思う。


 少し大きめの、爪ぐらいの蒸気石を見つけた。

 僕は母に振り返ると、ゆっくり握って、そっと息を吹きかける。

 母に言われた通り、『綺麗に咲いて』と心で伝えると、ふんわりと花弁が広がった。


「……さいた! かあさん、あげる!」


 ころりと転がるのは桜の花だ。

 まるで小鳥の蜜吸のあとに落とされた花のよう。

 僕の手の中でころりとかたむいた。


「わぁ……もう夏なのに、隼ちゃんの手のなかは春だね。隼は花を咲かせるのが上手ね」


 母は花をつまみあげると、それを優しく見つめている。


「ほんとう? ぼくね、たくさん花をさかせたいんだぁ」


 後ろでに手を組んで、もじもじと体をよじって僕がいうと、母が改めて僕の前にしゃがんで目を合わせた。


「どうして? 教えて、母さんに」


 口元しか見えない。

 もう、口元しか覚えてないんだ。


「……かあさん、ナイショだよ?」


 僕はいつも母に自分の気持ちを話す時、耳元で手を当てて、言葉を伝えていた。

 母はそれを楽しそうにいつも待ってくれて、この日も母が自分から耳を僕によせてきた。


「……こまった人をたすけるの。ぼくね、お花でみんなをたすけるの」


 小声で伝えた僕の言葉に、母はくるりとこちらを向いた。


「御煙番の火輪様みたいに?」

「そう。お日さまのお花をたくさんさかすの! カリン、かっこいいもんっ!」


 僕があちこちに花を咲かせる火輪を真似して、「ぼっ」「ぼっ」と言いながら、手で花を作って咲かせていく。


「火輪様は強くてカッコいいもんね」

「うんっ! カリンさまみたいになるの。……ぼく、なれるかなぁ?」

「母さん、隼の応援団長だから、ずっと応援してる。隼が思う火輪様に、絶対なれるよ!」


 母の手の中で、未熟な桜がコロコロと揺れる。

 小さな蒸気石で作った花は、それほど長くは持たない。

 もう直ぐ消える時間だ。


 そっとつまみあげた母は、綿毛を飛ばすように、ふっと花に息をかけた。

 しゅわりと音をたてて花が消えていく。


 この瞬間が僕は好きだった。

 母にしかできない魔法だったから。

 僕が吹いても、しゅわっとは消えない。

 あれは母のアビリティだったのかもしれないけど、それを確かめることは、もうできない。


「おんみつになったら、かあさんに一番にみてもらうんだ!」


 僕の言葉に、母は笑うだけだった。

 ずっと笑っていた。


 笑うしかできなかったんだ。 


 このときからすでに弱っていた。

 ここから四年もかけて、母は死んだんだ─── 


お読みいただき、ありがとうございます!

ようやく、兜を取り戻した隼と朱。

これからどうなるのか、お楽しみに。

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