十一話 〜手長足長を求めて
すくみきった僕の足。
ぜんぜん、前に進むことができない。
手長足長の細長い足が、じりりと前に出てくる。
まるで、上半沢と下半身に人間がいるくらい、奇妙なバランスの身体……。だから、手長足長という異名がついたのだろう。
僕の足が、彼の殺気に押されて大きく下がる……。
「隼!」
「……いっ!」
名前と一緒に背中が叩かれた。
あまりの痛さに声すらでない。
……小さいくせに、バカチカラ!
「飲まれるな! あいつは人の心の隙をつく!」
「失礼ねぇ。アタシは事実を言うだけ。それだけょ」
屈み込んだ体を持ち上げ、僕自身でも頬を叩く。
右手で頬を殴ると、いつもの力でも硬いだけあって、……痛い!
「……よしっ!」
「やだ。やる気出したみたいだけど……。坊やなんて、三つ数える間に殺せちゃうわょ」
手長足長は、影のようにのっぺりとゆっくり動く。
どう出てくるかわからない。
膝に力を込めたとき、
「はぁ〜……やっぱり、香煙の鎧はどんな蒸気石刺しても、いい香りぃ〜……」
すんすんと鼻を鳴らす音が耳元から聞こえる。
間合いをとろうと、後方に下がるけど、なんて速度だ……。
見えなかった。
「そんなに怯えなくていいわょ。殺すときは三つ数えて、教えてあげるから」
左……!
朱のほうにつま先が一瞬向いた。
素早く間に僕の体をねじ込む。
「やだぁ。アタシの正拳突き、見えちゃった?」
朱の腹目掛けてだ。
僕の両手で無理やりとめたけれど、ぎりぎり拳の先が体に入る。
すっごく痛い
「……ぐっ……朱、委員長のほうへ……」
朱は僕に構うことなく、滑るようにカウンターに乗り上げ、ストンとおさまった。
「隼ちゃんさぁ、誰の入れ知恵か、汚い蒸気石混ぜたでしょ? でも、それぐらいじゃアタシたちの鼻はごまかせないわよ。アタシたちはペトリコールのソムリエなんだから……」
ふわりと浮き上がり、くるりと正面ドアの前に着地した。
逃げ場がなくなった……。
ちゃんと地の利を生かせって、あれほどカゲロウに言われたのに……!
「下準備、始めようかな……」
ただただ垂れ流される殺意。
肌が逆立ったまま、戻らない。
獲物を狙うだけの、この階層の住人とは違う。
剃刀の刃だ。
触れるだけで、魂の奥まで切れてしまう。
「アタシに片腕の鎧だけでどうにかなるかしらね……」
……消えた!
───右!!
咄嗟に構えた腕で蹴りを抑える。右側でよかった。左なら肋骨がイってる。
蒸気靴で反動をかけるけど、体の転がりが止まらない。
壁に当たって止まるなんて、なんて蹴りしてるんだろ……。
「隼、大丈夫か!」
カウンターの下から顔を出した朱に、手を上げて見せる。
だけど、ちょー痛い! めっちゃ痛い!!
「ワタシの攻撃、また受けたわね。もしかして、見えてたりするのぉ?」
僕は壁を蹴ってより勢いをつける。
回された腕をかわし、体を床に倒し左肘で体を支えると、肩と頭で足を振り回す。
これは、ブレイクダンスのウィンドミルという技だ。
素早く回転させた踵が手長足長の頬に刺さ……らない!
「……ちっ」
僕の舌打ちと同時に手長足長の腕が伸びてきた。
物理的に伸びている……!
体をむりやりよじり交わすけれど、間違いなく急所狙いだ。
……これは、一発も当れない!!
それどころか、僕の攻撃も当たらないんじゃ……。
……まずいっ!
「なかなかやるじゃないのょ。あの体勢から蹴りにくるなんて」
ぶるぶると震える姿が、気色悪い。
スマホのバイブ機能を備えたような、小刻みな震え。
だけれど、口ぶりは興奮している。
「キモ……」
「ちょっと、隼ちゃん、今、キモとか言った?」
「いえ……はぁ……いえ」
「今、アタシ、機嫌がいいから許しちゃうょ! アタシね、簡単に香煙朱を殺せちゃうんだと思ってて、ツマラナイなって思ってたんだけど、こんなに遊べるなんて思ってなかったょ。すっごく、感激! 香煙朱を殺すのは、木場 隼ちゃん、君を殺してからょ!」
軟体動物のように、ぐにゅりと上半身を揺らして言う。
……待って。
まさか、僕の名前を知ってる……?
「あら、不思議そうな顔してる。ワタシね、君のこと調べたのょ。すごいでしょ? 隼ちゃん」
まさかフルネームでくるとは……。
動揺作戦?
それでも、手長足長からは、足と拳が飛んでくる。
「ワタシね、君みたいな『不幸な少年』、大好物なのょ!」
にゅるんと僕の前に顔がある。
咄嗟に距離を取るけれど、……速い!
───これは、蛇だ。
するすると床を滑りながら、僕に向かってくる!!
「隼ちゃんのお父さんは蒸気供給会社の役員」
かなりの速さの拳、違う、ナイフだ。
両手にナイフで襲ってくる。
避けるので精一杯だ。
だめだ。これじゃダメだ。
もっと、動いて、動いて、追いついて、追い越せ……!
カゲロウの言葉を思い出して……。
『ちゃんと見てればわかるぞっ』
…………嘘だぁー!!
こんな速いのわかるわけないっ!!
間一髪で避けるけど、これは奇跡が続いてるだけだ。
「んー……意外と当たらない。もう少し速くするわょ……」
体の関節から蒸気が噴出したとたん、スピードが段違いに上がる。
そのまま、右脇腹、左太もも、さらには両足を払われ、体が宙に浮く。
咄嗟に蒸気で着地を和らげるけど、痛いってもんじゃない。
ものすっごい痛いっ!
「……ねぇ、なんでこんなところで一人暮らしなのょ? おかしくない? お父さんは蒸気街のタワーマンションに住んでて、女の人、とっかえひっかえしてるのに」
……少しスピードに慣れてきた。
足を、膝を、体を使って、無理やり避ける。バック転で交わしてからの、トゥループってどこのエキシビジョンだよ。
目を離すな。
瞬きをするな……!
───離したらやられる。
「ねぇ、隼ちゃんってさ、捨てられたんでしょ……?」
その言葉に、僕の足が一瞬つまづいた。
一発、頬を殴られる。
ナイフが刺さらなかったのは幸運だけど、間違いなく、これは、手長足長のペースだ───!
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今回から、とうとう隼が手長足長と戦います
すっかり手長足長の雰囲気に飲まれる隼……
次話も、お楽しみに!





