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第肆章 7 絶望との戦い2



 負ける。



 彼は感じた。

 薄れゆく視界に可部(ししょう)の笑みが大きく映っている。もはや音すら聞こえないほどに痛みによるショック症状が体を蝕んでいた。立つだけ、立っているだけで限界の彼は、当たり前かのように動いていなかった。

 流れ出されていく血液の感触が直に伝わり、自分の体が溶解していくような感覚に襲われる。もしかしたら痛いという言葉は適切ではないのかもしれない。まるで自分の体が状態変化するような気持ち悪い気分だった。

「ねえ、ゴロ?」

 走馬灯? それとも、想像?

 壊れかけた耳が音を感知していた。

「君は自分の人生を、切ないものだと思ったことはないか?」

 可部(ししょう)の声だった。

「君はフリーターで、クハは大学生、そしてナナは高校生。ニヨン? 君は知らないなぁ。別に、他の人と比べているわけではない。ただ、君自身だけの話で言っているんだ」

 もしくは、似た声だった。

「ただ生きて、ただ殺して、君は昔の英雄たちと同じように殺して、この後はただ死んでいく。大勢を殺せば英雄となり、少数を殺せば犯罪者となる世の中。君は今、前者である。どうかな?」

 意識が一段と重くなっていく。立つことさえ許されない束縛が彼を襲って、徐々に下へ崩れ落ちていく。

(どうだろう?)

 崩れながら考える。

 でも、答えはなかった。

「まあ、僕はね。疑問があるんだよ、この人生にさ……とっても悲しい疑問だ」

 男は言った。

 夢語り? 

その通りの、文字通りのお話を平然とした顔でしていた。

今しかない、チャンスは今だけ。

 でも、隙だらけの男は続けて口を開いた。


「平等を作りたい、上の人間が上の世界で寝られるような民主主義ではなく、自らの努力だけで上に上がっていけるような世界。共産主義でもない、頑張ったものが頑張りながら上にいられるように、嘘を付かない世の中をね」

 良いとは思わないか? と彼は尋ねた。


 逡巡の世界。

 躊躇した、戸惑って羞恥するように。

 正解はなかった。ゴロもクハもニヨンも、もしくはナナがそう生きたからだ。殺すことで世界が保たれていくものだと思ったからだ。そうやって学んで、学ばされ、教育されたから。そういった道徳が生まれた世界だけを見てきたからだった。

 彼の質問は愚。

 言い訳とも言っていい話だった。

 人間には人間のルールがあり、狼には狼のルールがあり、蟻には蟻のルールがあるように。考えても糞にしかならない考え。

 世界とは、言い切ってしまえるほどにつまらないものである。


 

「じゃあ、今の、世界は……不幸とでも、言うのですか?」

 クハが感覚のない目を見開きながら尋ねる。

「今の世界は、不幸だよ不幸」

 悲しい回答だった。自分の恩師がつまらない戯言を口にして哲学を語っている、その事実だけで涙が出そうなほどだった。

「そん、なぁわけ、ない」

 血が噴き出て、もはや痛みなどなくなったように錯覚する目を、麻痺している神経を研ぎ澄ませながら口を動かす。

「そんなわけあるさ。世界の真理すらも知らない世界で、ただ死んでいくだけの人生だよ? 上に生きる人物たちだけが生きられる世の中で世界の人口の大半は奴隷の様に命令され、人権という甘い餌に群がった蟻のように生きる。悲しくはないか? 辛くはないか? それでも幸せと言えるのかい?」

 天を仰ぐ恩師は真顔で、震えそうな声で問う。

「ええ、もち……ろん」

 ゴロにもその言葉は聞こえていた。薄らと弱弱しい言葉が聞こえて、体の自由が戻りだす。自分はこの人生を幸せとは思わない。でも、だけれども。

 このつまらない人生に生きる自分自身を後悔などしていない。

「おぇ、も、そう……思ぅ」

 こちら見る可部(ししょう)はぼやけていて、姿だけを理解できるほどに消耗した神経を何とか奮い立たせて、彼は叫ぶ。

「俺、たちは、世界を守るぅためにぃぃぃ 殺しているんだぁぁあぁ‼‼‼」

 悲しみすらも、苦しみすらも、人の命には目を向けず彼は言った。

 世界平和には犠牲が必要だという第一級戦犯のような口ぶりでもなかった。でも、言っていることはほとんど一緒で。人間がゴミとでも言いたいようなもので、正当化の塊だった。


 その言葉を聞いた、出題者本人は感じた。

「根本」が間違っていること。

 なにより、暗殺者は「性根」が欠けていること。

 自は自で、他は他。

 はっきりと言ってもいいほどに表れていた。殺されるほうにも家族がいて友人がいて恋人がいて、殺すほうにも家族がいて友人がいて恋人がいる。相互は一緒である。だからこそ、殺した理由を正当化はできない。いくら正当防衛だったとしても、相手が最悪な殺人犯でも、その行為自体が、「殺人」というものが正当化できるとは限らない。

 もしも、世間がそれを良しとしても。

 もしも、家族がそれを良しとしても。

 もしも、恋人がそれを良しとしても。

 自然の理だと言っても。


 「殺人」が、もしくは「殺し」が良いことであると胸を張って言えるだろうか?

 恩を尽くすことと、思いやることが良いことだと言えるように、その行為が良いことだと言えるだろうか?



 しかし、違った。



 一瞬だった。

 一秒の数万分の一。

 目を閉じて中心に立っている可部(ししょうで)辰也(ありせんせい)は粉々に散っていた。 小麦粉が舞うように、トマトが潰れるように、男は血を散乱させた。もはや、その痛みすらも感じないだろう。

 そう言えるほどに一瞬の時間で男は肉粉へと姿を変えた。

 三人が残りの力を振り絞って戦った結果がこの光景である。足を一本失っても歩きだす蟻のような、頭が離れても動く魚のような生命力で体を動かした結果。何とか倒すことができた瞬間だった。



 どうでしたでしょうか?

 師匠との戦い、もはや戦いというか不意打ちで終わるという哲学回でした!


 明日は少し、大学が忙しいので出せなかったらすみません!

 ほぼ(ここ重要)毎日投稿よろしく!!

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