第弐章 4「再会1」
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ナナが学校帰りに悩んでいる最中、「PARALLEL」内は大騒ぎだった。
「ああ! まっじで!?」
「う、う、ううそっ!?」
彼女たちが驚いている理由、それはある人物の来訪であった。
藍色のスーツに、青のネクタイを締めて、髪をワックスでビシッとキメている背が高めのダンディな男。普通に見れば、ただの営業マンのような格好の男。
「よぉ! 弟子ら!」
彼の名前は可部辰也、年齢は32歳のただのダンディな男であると、あることを除いては言えるだろう。
そう、あることを除いて言えば……。
「師匠! どうしたんすかぁ!」
興奮気味に聞いたゴロに、
「まあな、気まぐれというか……その、鬼我所長に言われたんだよ、見に行ってみろってなぁ、だから、まあ何となく来たんのだよ……これぞ付和雷同ってな!」
「本当です!? 光栄ですよぉ、先生!」
「おおう、もちろんだとも!」
自分たちの暗殺の先生の急な来訪にテンションを上げる二人、その二人の話を聞いた職員が少しずつ近づき始めた。
「あ、先生じゃないですか!」
「可部さぁん! 久しぶり!」
「お、かべっち!」
「おうおう、どうしたのよ!」
まだまだ続く再会の嵐。ロビーはぐっちゃぐちゃになっていった。
再開の嵐は20分ほどで過ぎ去り、ようやく一段がついたところで可部があることを切りだした。
「それで、お前たちは知らなかったのか?」
「はい、ほんとに急なことで……」
「おまえもか?」
「はい、びっくりっすよ!」
「そうか……、ははっ……相変わらず、鬼我所長はテキトーな人だな……」
笑って言った可部の顔を見て、二人も思わず薄笑いを見せる。
「まあ、そうなんですよ……」
「はは、しゃーないっすぉ……」
二秒の間をおいて、
「そういえば、お前たち、失敗したんだってな」
次は自分たちの痛いところを突かれてしまう。人のことを笑い、今度は自分。それはそれは当たり前のどんでん返しである。
真顔で言った先生の顔は暗く、怖さが滲み出ていく。
「……は、い」
クハはだんだんと頭が下がっていき、負のオーラが見て取れる。さすがに五年の勤務で失敗という失敗をしていないことから、確実に落ち込んでいるだろう。ただ、これも経験だということを忘れてはいけない。
「ははは! なァにしょんぼりしてんだよォ!」
「……え?」
「お前たちが通用しなかったってことは、すごいヤツだったんだろ?」
怒られてしまうと身構えた二人には予想外のふざけた優しいセリフだった。
「なんだぁ? どういうヤツだったんだよ⁇」
予想外のセリフと食いつきように二人もピタッと止まってしまう。
「……おい、どうしたよ?」
「あ、え、いや! そのぉ、びっくりしてぇ……」
「何にだよ……」
「だって、先生、怖い人じゃなかったですかぁ……」
「っぶぶ! はははは!」
まるで漫才を見ているのかの様にお腹を抱えて笑い出した可部にまたしても止まってしまう二人。
「なあに、いってんだよ! なんか、俺、ヤバい人じゃないかぁ!」
そこで、二人は可部の恐ろしさ思い出していた。
それは自分たちが養成機関の入りたての頃、基礎訓練として近接格闘術を学んでいた時の話。
クハが18歳で教育機関の二年、ゴロが17歳で教育機関の一年。
クハは射撃が得意の女子であった。もちろん近接格闘術やデジタルハックの能力であったり、様々なこともオールマイティにそこそこでき、教育機関ではトップ5の成績であった。そんな彼女に対してゴロは、強いて言えば近接格闘が得意で、小中学生のころからやんちゃをしていたただのガキであった。最初は学力も体術もすべて最下位の成績であり、世の中で言う「社会のゴミ」といっても過言はないほどに、生きている価値のない人材であった。
そんな出会うはずもない正反対の二人が出会ったのは数日前である。
「っちぃ! なんだあの女ァ!」
毎年、新入生と在校生による試合が行われるのが仕来りのこの暗殺者教育機関で二人は同じリングの舞台に上がっていた。
ゴロの目の前には自分よりも一回りも小さい女子がゴムナイフを構えている。肩甲骨をぐるぐると回し、まるで何かマイナーな戦闘術でも試しているかのように、気楽な顔でゴロを見つめる。
もちろん本気で試合に挑むゴロにとって、とても侮辱気味なその動きや表情にイライラが募っていく。
そして、彼女が「来い」と手で挑発した瞬間、何かが切れて突っ込んでいた。
所詮数歩の間合いを全力踏み蹴りで詰めていく、右手を握りしめ深くため込み、彼女の顔面目掛けて殴りかかる。さすが、やんちゃしていただけあってまあまあ筋の通った拳。
だが彼女には当たらなかった。
足をすらっと並べ直すことで、その場から半歩ずれて気合いの入った拳を交わす。その拳は虚空を進み、誰もいない空気に向かって直進、おかげでエネルギーが逃げ場を失い彼の足元がふらついた瞬間、そのふらつきに合わせるようにして彼女が背中を触る。
そして、いつの間にかゴロは地に顔をつけていた。
たった5秒程度の出来事。その試合を見に来ていた同級生からは馬鹿にされて、一生の恥として胸に刻まれる。もちろん手を抜いていたわけではない。キレてはいたが本気でぶつけた拳、その重みも感じさせることすらできずに、相手にナイフも使わせることもできずに、自分は地に顔をつけていたその事実に悔しさを隠せずにいた。
「クソ、なんなんだよ、あいつ!」
落ち込みながらも愚痴をたらしている彼の目に魅力的なものが見えてきた。
それは、ナイフを一本持ち高速で木を切り刻む男が目に入っていた。
動体視力がそれなりに良いゴロでも追いつけないナイフ裁き、たった一本でその動きを表す姿に何か光るものを感じて見とれてしまう。
目を瞑り、右手のナイフをグルグルと回し小指から親指まで、手首から肩まで、右腕から繰り出される斬撃に風が悲鳴を上げる。
「……ッシュ! ッシュ!」
空気が唇と擦れて漏れていく音が彼の耳まで届く。
「すげえ……」
思わず口に出していた。
その声が男に届いたのか、男はピタッと動きを止めてしまう。
「あ、」
後ろを振り向いたそのナイフ男に声が出ないゴロ、そんな腑抜けた顔に失笑して、口を開いた。
「お前もやるか?」
そうだ、これがゴロと師匠の出会いである。
さらに数日後、今度はクハが愚痴をこぼしていた。
「何なのよあの男……手加減してやるだって? あれのどこが手加減なのよ!?」
この教育機関では「試合」と称して生徒同士の体術戦が行われるが、今日は彼女にとって特別な日。
今日は「二年前期終了順位決定戦」の日であった。
名前の通り前期最後の日に行われる成績上位者の順位を格付けし直す大切な日であった。無論、彼女もトップ5であり、あらゆる人物から分析や模擬戦の申し込みが増えるちょっとした有名人であったが、数時間前の相手は初めてでもあり、衝撃的な最悪な相手であった。彼は名は「No,017」。この機関内で最も一桁台に近く、成績1位の最恐と言われている者であった運が悪いともいえるが、彼女もトップ5、色々な人からも見所ばかりの試合と言われて注目されていた大舞台で彼が笑いながら言った。
『なあなあ、お前弱いしさ……手加減、してやるよォォ』
そう言った瞬間、ナイフを捨て左手を後ろへ、「ここは動かない」と呟き右手を構える。
当の本人から見れば隙が大量のその姿勢、思わず笑ってしまう。
「何笑ってんのぉ? 君負けるんだよ?」
流石に、先ほどこらえたイライラが一気に増す。
「そんな隙だらけの姿勢で、あなたが勝つと……?」
彼はその姿勢のまま一瞬、ポカンとしたがすぐさま爽やかに笑って。
「うぅん! 僕も負けてみたいなぁ!」
そんな馬鹿げた相手に敗北し、彼女は悲しく愚痴を吐いていた。
すると、木の下で一緒にトレーニングしている二人が見えた。傷ついている彼女の目には何か不思議に見えたその二人は凄かった。
背の高い男がナイフを高速で動かしている。肩甲骨から指の先まで使っているそのナイフ裁きに衝撃を覚える。自分の使う戦闘術でナイフを振り回している、その姿が面白くて衝撃でもあった。
「あの!」
彼女は気づくと声を掛けていた。
「私にも教えてくださいませんか‼」
へッとした二人の顔を見て思い出す。
「「アアアアア‼‼」」
ここから生徒二人の仲悪生活と師匠の鬼畜訓練生活が始まった。
「って感じで……最初は師匠、優しかったのに」
「ほんと、こっからヤバくなったよなぁ」
『おい、くずやろゥ! 腹筋1000回‼‼』
『こんなこともできねえのかァ‼‼』
『おいおい、馬鹿は黙ってや、ら、れ、て、ろォ‼‼』
…………。
もはや訓練ではなく罵倒と侮辱の嵐だった。
「いやあ、ヤバかったっす……」
「これはゴロに同意だわ」
苦笑した二人にどこか申し訳なさを覚えたおじさんであった。
唐突に投稿です!
コロナで休校の生徒が多いので不定期でなるべく頻度多くあげようと思います!
サブの作品は毎日投稿なのでご覧ください!