第弐章 3「学校生活1」
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一方、クロとゆりは片側二車線の道路の端を歩いていた。
「はあ……」
「どうした?」
唐突にゆりが溜息を吐いた、一般的に考えればその原因はすぐに分かる。
だがしかし。
そう簡単に、クロの本質が変わることはなく、そんなことさえも彼には周知出来ない。
「……クロ君」
苦笑いを見せる彼女に、一切動揺もしないクロは、
「ん?」
「……もう、ほんと」
呆れた、そんな疲れ顔で彼女は訴える。
「私、昨日……君のこと待っていて夜更かししたんだよぉ~……そのこと分かってる?」
「ああ、そういうことか。ごめん、ほんとに……」
彼女の訴えはどうにか届いたようで、しっかり謝るクロはちゃんと大人しているように彼女には映る。まあ、僕にはそういう風には見えないが……。
「まあ、分かっているのならいいのだけれどね。君と暮らせて色々と楽しいこともあるし、あの約束も、去年に幸と一緒に行った遊園地も、他にもいっぱいあるけれど、たくさんたくさん楽しかった」
「ああ、そうだな。俺もだよ」
ロマンチックさ溢れる会話もつかの間、10分ほど歩くと高校が見えてきた。
『豊平東高校』
全校生徒960人の全日制普通科の高校だ。偏差値はそこまで高いわけもなく、一応、進学校を名乗っている程度。校舎はまあまあで、グラウンドが他と比べるとかなり狭い。特徴としては……強いて言えば、戦時中の大日本帝国陸軍の運動場だったとか、素晴らしいーーとは決して言えるような高校ではない。
「結構遠いわよね」
と、ゆりが小さな声で呟いた。
確かに遠いと言えば遠い……場所にあるのは事実。距離的に言えば1,2キロほどだが、二人でゆっくりと歩けば20分以上はかかるほどの遠い距離である。
「そうだな、まあでも、うちから一番近い距離はここだけだし」
「正論ぶつけないでよぉ……」
ここまたゆりは正論が嫌いなようで、苦笑いを見せる。
ットン! っと肩に何かがぶつかった。
小さな衝撃に二人は後ろを見ると、
「よォ! お二人さん‼」
「はぁ……あなた、もっと優しい言葉遣いはできないの?」
身長が高く坊主頭の野球少年と眼鏡をかけた胸の大きな清楚系委員長が二人並んで立っていた。
「そんなことどうでもいいんだよ! ったく、お前は頭かてえなぁぁ…………」
煽り気味に言った野球男に対して、
「っ!? あなた、今、なんて言いました? ねえ、なんて言いました?」
煽りに早口怒りで返す委員長にまたもや彼が。
「あ、た、ま、か、た、い?」
明らかな、煽り中の煽り、果たして煽りのプロなのか?
「へ~、そう言うこと言うのね。よくもそんなことが言えますね、いっつも私に、定期テスト、教えてもらっていますのに、ね、え?」
はい、清楚系委員長は冷静ではないですね。もはや清楚ではない、ヤンキー系委員ty……いや、何でもないです。これ以上言うと僕(筆者)も殺されそうなので。
「あの、二人とも、喧嘩はしないで」
「なによ」
「なんだよ」
「ほら、周り……」
ゆりが周りを指さすと、下級生たちが引き気味の視線を向けている。そんな恥ずかしい光景を見てどうにか落ち着く二人。
「……まあいいわ、ゆりさん、ごめんなさい、取り乱したわ」
「……今日のところはやめといてやるよ、ゆりちゃんごめんねぇ」
ッギィ!? と2秒睨んだ二人の短い激闘はここで幕を閉じた。
「あの……私たち、なんかしました?」
教室に入ると、なぜか皆の視線を強烈に感じる委員長と野球男。
「ふっふっふぅ~聞いたよぉ~」
前に出てきた女子、ショートカットで美少女のムードメーカー、西藤千佳である。
「え、なに? なによ?」
同様の表情を見せる委員長は足を後ろに、
「ん、なんかあったのか?」
そこで鈍感な野球男は口を挿む。
「なぁに~、こうちゃん知らないのぉ?」
顔を近づけ、胸を押し付け、色仕掛けをして、
「ちょ、ちょちょ! 近いよ! 近いって‼」
まんざらでもない顔をする野球男こと田中孝介に対し、
「あなた、破廉恥です! 何を顔真っ赤にして! これだから男は……」
委員長こと月詠咲は頬を赤らめて、激しく言い寄る。
「あら、あらら、あらあらあら! 噂はほんとなのね!」
そんな体の近い二人を見てニコニコと笑う美少女は言った。
「昨日、二人が帰りに手つないで帰ってるのを見た人がいるんだって!」
沈黙とともに、
「ええ!?」
「はあ!?」
と、頬がさらに赤くなった二人の声が教室に響き渡った。
そんなやりとりをゆりとクロは後ろから眺めていた。
「なんて可愛い二人なのぉ」と言わんばかりの顔でにやけているゆりに対して、クロはボーっと突っ立っていた。
「ゆり、いこ……」
静かに言ったクロの思いは届かず、にやついている彼女を措いて一人、教室後ろのドアを開けてノコノコと入っていった。
静かに入り、気配を消し、誰にも気づかれないようにゆっくりと素早く、そよ風の様に席に着く。リュックを降ろし、中から宿題と筆記用具、教科書、本、机の上に並べて整理する。使わない教科書は机の中にしまい、本を取り出す。そっとしおりを抜き出して本を読み進めていく。
『死というのは悪いことなのか? 今回、この書では、「死ぬ」とはいったいどういことなのか。考えて行こうと思う』
自己啓発風の大判の哲学本。彼が読む本はいつでも斜め先を行く。
騒がしい休みを越えて、長く退屈な授業を越えて、昼休みの時間。
「ねえ、クロ君。一緒に食べよ」
道具を片付ける彼に向けてお弁当を持ったゆりが話しかける。ピンクと青の二つの弁当箱をもって、にこっと笑顔を見せる彼女はまるで天使であった。
「あ、うん、いいよ」
彼女から受け取った青のお弁当箱をゆっくり開ける。
今日のご飯は、だし巻き卵と生姜焼きにミニトマトのサラダ、そしてクロの大好物である白米。好きなブランドはななつぼしで、とにかく歯ごたえが好きらしい。
まずはだし巻き卵、大きく口を開け一気に頬張ると、中からトロォっと卵の甘みと出しのきいた汁が飛び出して口の中で踊りだす。舌を摩るように優しく溶けていく味に幸せを感じる二人。だが、まだその幸せは終わらない。今度は生姜焼きを口に入れると、甘辛い味噌とショウガと醤油などを混ぜ合わせて作られたタレがお肉を着飾っていることがすぐに分かった。一言で美味しい。さらにご飯までも掻き込むと天国にでも上ったかのような幸福のオンパレードであるかのように感じてしまう。
「美味すぎる……」
思わず気持ちが口から漏らした幸せ顔のこの男。いつもとは全く違う面構えである。
「えへへ、ありがとぉ」
ちょっとだけ照れた彼女も一緒に幸せ顔であり、周りからは「まただよこの夫婦……」といった目線を向けられていた。
「いつも美味しい料理をありがとな、ゆり」
「ううん、いいんだよぉ」
ニコニコと、全くもって幸せなご夫婦である。
そんな幸せな時間も終わり、学校は後半戦へ突入した。
現代社会に数学Bの授業を越えて、ようやく6時間にも及ぶ長い学校が幕を下ろし始めた。
「ええ~、ではSHRも終わりにしまーす。はい、日直」
「きりーつ、気を付けー、さようならー」
「「「「「「さようならー」」」」」」
腑抜けた挨拶も終え、二人は玄関へ向かう。
「おおー、ちょっとまってー」
後ろからあの男の声が聞こえ、その声にゆりはすかさず反応して、
「ん、ああ、孝介君!」
さらにその後ろからは委員長が早歩きでやって来た。
「孝介! 速いぞ! それに廊下を走るな、貴様、野球部員だろう!」
最後の理由は意味の分からない根拠ではあるが、この委員長さんはいつでも真面目である。
「早く、帰りたい」
そんな二人に目も触れず、クロはそそくさと靴を履き、一言残して行ってしまった。
なぜなら、彼の頭の中には幸とのデートしか入ってなかったからである。
(どうしよう、幸と札駅行っても何すればいいのか?)
黙々と考えながら、波のような体さばきで生徒の間を進んでいく。
(昨日貰った報酬金あるし、10万円くらいなら使っていいかな……?)
クロはゆりにあの仕事のことはもちろん伝えていない、だからこそ報酬金やその他の莫大な給料のすべて、へそくりのように自分の口座に振り込んで貯めている。バレたりでもすればヤバいことになると彼自身、理解はしている。
(でも、こんなの見つかったらなぁ……)
その不安と幸の笑顔が今、彼の天秤にかけられている。
勝負の行方はーーCMの後で!
ええ、第壱章とは一転、楽しいか学校編です! いやあ、僕も充実した学校生活したかったなー。
そんな馬鹿を言いつつ明日卒業する高校最後のふぁなおです。
これで学割無くなるの痛いですよねえ……結構つらいw
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