闇夜の襲撃者
皆が寝静まった頃、見張り番をしていたマルクは冷たい夜風を感じてぶるりとその身を震わせた。
昼間は少し熱いくらいに感じていたのに。森の夜は昼とはまるで違った表情を見せており、冷めた星の光が静かに瞬いている。
今夜は新月のようで、月は顔を見せていない。
たき火の明かりのみが周囲を照らし出し、それ以外の闇をより色濃くしていた。
静かな、静かな夜だった。
普通の森ならば夜行性の動物や魔物たちの立てる音がしそうなモノなのだが、この禁じられた森の夜は不自然な程に無音なのだ。
少し違和感を覚えるほどに・・・。
速見の側で寝ていた太郎がパチリと目を開ける。キョロキョロと辺りを見回したかと思うと低くうなり声を上げた。
「タロウ? どうかしたの?」
不思議そうな顔をするマルク。
しかし太郎はそれどころでは無いと言わんばかりに毛を逆立てて洞窟の入り口を見つめている。
(何かいるのか?)
マルクには何も感じ取れないが、野生動物の感知能力というモノは人間を遙かに凌駕する。もしかしたら隠密に長けた魔物がこちらを狙っているのかもしれない。
マルクはそっと側に置いていたグラディウスを手に取ると忍び足で洞窟の入り口まで足を運ぶ。
ドクドクと心臓は高鳴り、手汗でグラディウスの持ち手が湿ってきた。
暗くて周囲がよく見えない。
適当な枝でたいまつでもつくろうかと引き返そうとしたときに、マルクについてきていた太郎が大きく吠えて闇の中に飛びかかった。
「ぐぎゃぁ!」
何者かの悲鳴とドタバタとした戦闘音。
どうやら太郎が潜んでいた敵を発見したらしい。マルクは太郎に加勢する為に闇の中に進むがどうも視界が悪くてはっきりと敵が見えない。
何やら人間の子供と同じくらいの身長をした人型のシルエットが太郎ともみ合っているのはうっすら見えるが、視界がはっきりしないこの状態で下手に参戦しても足手まといになる可能性があるだろう。
やがて太郎が謎の人影に一撃を入れられて「キャン!」と甲高い悲鳴をあげて吹き飛ばされる。
「タロウ!?」
その人影はぶるりと身を震わせると今度はマルク目がけて飛びかかってきた。
相も変わらずその姿はほとんど見えない。しかしただ黙ってやられるわけにも行かないのだ。
マルクは覚悟を決めてグラディウスを構えると、敵の攻撃を迎撃しようと腕に力を込め・・・背後から聞き慣れた破裂音が聞こえた。
通り過ぎていく光の弾丸。
ソレは寸分違わず人影に着弾し、派手な音を立てて内部で破裂する。
人影は潰れたヒキガエルのような悲鳴を上げて倒れ、そのまま這いずるようにして闇の中に消えていった。
「危ないところだったなマルク」
背後からやってきたのは無銘を肩に担いだ速見。何故かその右目は薄らと赤く輝いていたのだった。
傷ついた太郎の介抱をしながら起こしたシャルロッテを加えてたき火の周りで作戦会議をする。
「今回、タロウがいなかったら俺は敵が近くにいる事すら気がつかなかった・・・恐らく隠密に長けた魔物だと思うけど」
マルクの言葉に速見は頷いた。
「ご主人様が言っていた通り早速役に立ってくれたな、エラいぞ太郎」
速見はシャルロッテに介抱されている太郎の頭をワシャワシャと撫でる。太郎は気持ちよさそうに目を細めた。
「それでどうする? これからの探索に邪魔になるようだったら追撃したほうが良いとは思うけど・・・」
シャルロッテの言葉に速見が答える。
「そうだな・・・だがソイツを探すのは明日の朝だ。夜目が利く相手に対して夜に挑むのは愚策・・・今夜の見張りは夜でも対応可能な俺と太郎でやる」
魔法サジタリウスの右目がギラリと光る。
(この目から逃れられると思うなよ襲撃者)
速見は静かな闘志に燃えていた。
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