忠誠心
シンと静まりかえった薄暗い地下室。
一人の道化が明かりも付けずに手にランタンを持って棚に陳列された瓶の数々を物色していた。瓶の中身は何やら黄色掛かった半透明の液体で満たされており、その中にふよふよと臓器らしきモノが浮かんでいる。
ランタンを棚に近づけて瓶を照らし出す。瓶に張られたラベルの文字を読んで何事か考え込んだ道化はソレをそっと持ち上げると下から見上げるようにその瓶の中身を観察した。
ソレは人間では無い何者かの心臓のようであった。
「不法侵入かな? 魔王ジェミニ、この部屋に何のようだい?」
柔らかな女性の声と供に部屋に設置された燭台の明かりが一斉に灯される。
光りに照らされた地下室で、ランタンを片手に持った哀れな道化の姿が浮き彫りになったのだ。
「おオ、これはクレア様。ご機嫌麗しゅう」
「あんまり麗しく無いわね。で? まだ返事を貰っていないんだけど・・・この場所に何をしに来たのかしら?」
柔らかな口調、しかしその瞳には明確な怒りの感情が宿っていた。
「先ほど激しい戦闘で私の可愛いジェミニ(双子)が死んでしまいまシテ。新たなる強い心臓を求めてこの場所にやってきた訳デス」
魔王ジェミニの能力。
それは死者の心臓を触媒に自身の分身であるジェミニ(双子)を召還する事ができるのだ。ジェミニ(双子)の戦闘能力は触媒とした心臓の持ち主の強さによって変わるため、より強い心臓を求めてクレアの地下室に来たのだろう。
「・・・まあアンタは重要な戦力だから別に心臓を提供するくらい良いのだけれど・・・何故断りも無く部屋に入ったのかしら?」
「報告は後ほどするつもりでありまシタ。今はクレア様を探す時間が惜しいほど急を要する自体に陥っておりましテ、結果的にこうして時間を節約したほうがアナタ様の為になると考えた次第でございマス」
「急を要する自体?」
「えエ、先ほど勇者と戦闘を行って敗北致しましたので、すぐに新たな心臓を補給して追跡を行おうかと・・・」
「勇者を発見したというの!?」
クレアがあずかり知らぬ情報であった。それならば発見した時点ですぐに彼女に連絡をくれていればもっと対処は楽だったモノを・・・否、そこまで考えてクレアは首を横に振った。
丁寧で低い物腰をしているせいで忘れそうになるが目の前にいる道化もまた強力な力を有する魔王の一人なのだ。
最強の名を冠する魔王は自身の力に絶対の自信を持つモノが多い。たぶんジェミニも発見したのなら自分でケリを付けられると踏んで行動したのだろう。
それは責められるべきでは無い。
最強の象徴である魔王に、その力を誇るなと言う方が無理な話なのだから。
「今回の事は私を裏切る意図は無かったのね?」
「もちろんでございマス。私は魔神様の忠実な僕でありマス故・・・」
「良いでしょう、今回の事は不問にします・・・でも次にこの部屋に無断で入ったら殺すわよ?」
「はイ、ありがたキ幸せ」
深々と平服するジェミニにクレアは懐から小さな紫色のクリスタルを取り出して彼に放り投げた。
「それは連絡用のアイテムよ。勇者の所在がつかめたらまずソレでアタシに連絡してちょうだい」
「わかりまシタ。では魔王ジェミニ、行って参ります」
そう言って魔王ジェミニは大仰な仕草で一礼すると、その姿が一瞬でかき消えたのであった。
誰もいなくなった空間を見てクレアはため息をつくと地下室の明かりを消して自室へと戻る。
「やはり扱いづらい男だわ・・・いっその事・・・」
そう呟いたクレアの声は地下室の闇に呑まれて誰にも届く事は無かったのだった。
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