成長の証明
マルクの申し出を簡単に受け入れた女騎士アンネは「別に今からでも構わないぞ?」と余裕綽々の態度であった。
エリザベートの提案でギルドの鍛練場を貸し切った一行は二人の邪魔にならぬようにマルクとアンネを中心に残して端の方へ移動する。
移動する間際、愛弟子のマルクの元へ歩み寄ったエリザベートはマルクの耳元に口を近づけるとそっと言葉を贈った。
「勝つのですわマルク。大丈夫、アナタはもう弱者じゃない」
エリザベートの信頼の言葉にマルクは無言でコクリと頷いた。
エリザベートも端に行き、鍛練場の中央にはアンネとマルクの二人だけが残る。マルクの脳裏にかつての試合が蘇る。
かつての試合と同じような構図、しかし前と決定的に違う点は相対する女騎士アンネがきちんと武装を整えているという点だ。
あの頃よりは腕を上げたのだろうとマルクの立ち振る舞いを見て感じ取ったのだろう。しかしそれでも彼女は自身の勝ちを確信しているようで、その端正な顔には自信の色がありありとでていた。
「来い少年。今回は私に一太刀入れることが出来たらなんて無粋な事は言わない。正々堂々勝負がつくまでやり合おう」
「・・・ええ、やりましょう」
ピリピリとした緊迫した空気が流れる。
双方の集中力が極限まで研ぎ澄まされ、先に動いたのはアンネの方だった。
素早い動きで腰元の剣に手をかけてそのままマルクに向かって駆けだした。尋常ならざるスピード、その動きからかつての試合とは違って彼女が本気だという事がうかがえる。
「”サンダーボルト”」
駆け寄ってくるアンネに向かってマルクがサンダーボルトの魔法を展開。手元から放たれた偽りの雷がアンネに襲いかかる。
「疾っ!!」
抜刀。
鋭く息を吐き出してサンダーボルトに剣を振り抜くアンネ。その凄まじい剣技は迫り来る雷を真正面から捉え、その魔法を打ち消した。
(・・・知っていたさ!!)
かつての試合で彼女が見せた魔法切断の妙技。
だからマルクはアンネに魔法を放てばそうなる事くらい予想していた。
故に先の一撃はただの囮。同時に展開していた魔法を攻撃後の隙だらけな女騎士に向かって放つ。
「”サンダーアロー”」
放たれるのは雷属性の魔法サンダーアロー。
威力こそ先ほどのサンダーボルトに劣るが、この魔法の真価はその連射性能。計十二発にも及ぶ雷の矢がアンネに飛来する。
「くっ!?」
アンネは苦い顔をして横っ飛びに回避。しかし連射されたソレをすべて避けきる事は出来ず、その一本が彼女の左肩をかすめる。
かすめた先から伝わる通電する感覚と肉の焦げる臭い。
直撃では無いため致命傷には至らないが、左手の感覚が鈍く、動かせない事はないだろうが万全のパフォーマンスは期待できそうに無い。
「まだまだぁ!」
追撃。
一気に詰めよったマルクが腰に下げたグラディウス(肉厚・幅広の刃を持つ両刃剣)を抜き、手負いのアンネに斬りかかる。
グラディウスの重量を生かした上方から振り下ろす力強い一撃。アンネはその一撃を剣の刀身で受け、刃をへし折りかねないその衝撃が剣に伝わりきらない内に刃を反転させて攻撃を受け流した。
剛胆な彼女からは想像が付かない驚くほど繊細な技術。攻撃を受け流されて、その一撃に乗せた重量の大きさ故に大きく体勢を崩したマルクの顔面に鮮やかな横蹴りが叩き込まれる。
かつての試合を思わせる一撃にマルクは鼻血を吹いて後方にのけぞり、しかし意識ははっっきりしていたようで、追撃を警戒してそのままバク転をしてアンネと距離を取った。
(馬鹿か俺は? いくら修行をつんだとはいえ真っ向からの剣術で勝てる筈がないじゃないか)
鼻から止めどなく流れる血を手の甲で拭いながらマルクは自身を叱責する。
相手はただ愚直に剣を極めた騎士。わざわざ相手の土俵で戦ってやる事は無いのだ・・・責めるのなら、その愚直さを狙うのが正解。
顔を引き締めたマルクには、この試合で負けてやるつもりなどさらさら無かった。




