強者たち
「・・・なるほど、話はわかった。それで貴様らの策に我々が協力しろと、そういう事なんだな?」
鋭き眼光でクレアを見据えるは燃えるような赤毛の女騎士アンネ・アムレット。
彼女は身体の至る所に包帯を巻いており、先日の戦闘で負った傷がまだ癒えていない様子だが、しかしその身から発されるプレッシャーは怪我人が出せるソレでは無かった。
一触即発の雰囲気の中、彼女がいつクレアに攻撃を仕掛けても対応できるようにそっと背負った ”無銘”を指先で触る速見。その横には平然とアンネの殺気を受け流す暗黒騎士フェアラートがクレアの護衛として控えていた。
椅子に座ったアンネの隣には聖女カテリーナ、そして冒険者のタケルが待機している。
勇者陣営と魔神の陣営、その二つの間でオロオロとしているシャルロッテを見て微笑みながらクレアが口を開く。
「その通りよ。貴女たちだって勇者君を探したいのでしょう? これは悪い取引じゃないと思うけど?」
「・・・確かに勇者様すぐにでも探さねばならない・・・だが貴様は自分の事を魔神だと名乗ったな? 仮にも我々は勇者様を筆頭とした正義の集団だ。今勇者様が不在とて悪を見逃す道理など無い。シャルロッテがいなければ名乗ったその場で斬り捨てているところなのだぞ?」
アンネとてクレアの提示する条件が自分たちに利するモノだという事はわかっている。しかし正義を志す者として、自ら魔神を名乗る不届き者の話に乗る気にはなれないのだ。
「ちょいと口を挟ませてもらうってもいいかい?」
アンネの側で控えていたタケルが会話に入ってくる。クレアが無言でどうぞとジェスチャーをするとタケルは言葉を続けた。
「アンタらが勇者くんを放置できない理由は何だい? 勇者くんの持っている ”命の宝球”を回収したいってだけならアンタらだけでも時間をかければ可能だろ? オイラたちに声をかけたって事はできるだけ早く勇者くんを見つけなくてはならない理由がある筈だ」
「ふぅん、なかなか鋭いじゃない。その通り、今アタシ達は少しでも早く勇者を見つけるために手駒が必要なの。まあ、それについては今から話そうかと思っていたのだけれど・・・今の勇者は宝球に身体を乗っ取られている状態よ、とても危険な状態・・・このまま放置すると下手したらこの世界が滅びてしまうほどにね」
クレアの言葉にアンネが眉をひそめた。
「・・・世界が滅びるだと? その命の宝球とやらは勇者様の肉体を使って何をしでかそうとしているのだ」
「残念だけどこれ以上の情報はまだ協力関係に無い人物には聞かせられないわ。はっきり言えるのは自体は一刻を争うという事だけよ」
視線をぶつけ合うクレアとアンネ。
しばらく無言を貫いた後、アンネは大きく息を吐き出すと立ち上がった。
「・・・いいだろう。少なくとも勇者様を発見するまでは協力してやる・・・だがその後の事はこちらで勝手にやらせてもらうぞ?」
アンネの言葉にクレアも立ち上がって視線の高さを合わせると挑発的に笑った。
「ええ、それで構わないわ。・・・しばらくの間だけどよろしくね」
差し出されたクレアの右手をアンネは忌々しそうに握り締める。
険悪な空気が流れる中、部屋のドアがバタンと開き一人の女性が入室してきた。
「もう話し合いは終わりましたかしら?」
そう言って入ってきたのはエリザベート。後ろからは少し遅れて弟子のマルクも入室してくる。
「ああエリザちゃん、今終わったところよ。こちらのお三方も今からしばらくの間は協力態勢という事になるわね」
入ってきたエリザベートを見て不思議そうな顔をしたアンネが尋ねる。
「・・・ギルドで見た顔だが、お前もこの女の仲間だったのか?」
「違いますわよ。アナタと同じ、一時的な協力関係ですわ」
「なるほど、お前も世界の崩壊を防ぐ為に立ち上がった訳か・・・一時的な協力態勢になるとは思うがよろしく頼む」
スッと差し出しされたアンネの右手をエリザベートは無視した。
「それは違います。個人的な見解で言うとこんな怪しい女の言うことを信じるなんてありえないのですわ」
「・・・・・・ではなぜ?」
眉をひそめて尋ねたアンネに対してエリザベートは堂々と答える。
「愛弟子のマルクに頼まれたからです。魔神を名乗る怪しい女の話なんてまったく信じませんが、愛弟子がそう信じたのならきっとなにかあるのでしょう」
弟子という言葉にアンネはエリザベートの後ろに控えているマルクに視線を移した。その堂々とした立ち姿にかつてアンネにボコボコにやられたあの頃からかなり鍛練を積んできた事がうかがえた。
「なつかしい顔だな・・・確かシャルロッテの元パーティメンバーで・・・マルクとかいったか? 良い面構えになっている、鍛練を怠らなかったようだな」
「・・・アンネさん、その節はどうも」
アンネの言葉でかつての屈辱を思い出したのだろう。マルクの声は暗く沈んでいた。
「・・・お前達二人も参加するという事はわかった。しかし今回は勇者様の命がかかっている重要な案件だ・・・私としても足手まといがいて貰っては困るのだよ?」
マルクの方を見ながらそう言うアンネに、エリザベートは聞き捨てならないとばかりに反論した。
「・・・うちの弟子が足手まといだとでもおっしゃるの?」
「ああ。確かにあの頃よりは鍛練をつんだようだ。しかしこんな短期間で私たちに並ぶレベルまで腕をあげたとは思わない」
その言葉に対して額に血管を浮かべて明らかにキレているエリザベートと、無言で無銘に手を伸ばしかける速見。
しかし意外にも最初に口を開いたのはマルク本人だった。
「・・・俺が足手まといでなければ問題ないわけですね?」
「まあそうなるな」
ならばとマルクは一歩前進する。その瞳には若き闘志がらんらんと輝いていた。
「アンネさん、もう一度俺と試合をしてくれませんか?」
◇




