因縁
「せ、先生!? いきなりどうしたんですか」
混乱するマルクに、掌サイズのパイシスはひょっこりとマルクの懐から顔を出すと普段は見せないどこか焦ったような声音でマルクに答えた。
「お前がどこでアレに逢ったのかは知らんが・・・アレは人間が関わって良いモノでは無い。後で詳しく説明してやるから今は逃げ・・・」
しかしパイシスの言葉は途中で遮られる事となる。
何故かボーンプリズンの魔法で拘束した筈のクレアが二人の進行方向から余裕顔でこちらに向かって歩いてくるのが見えたからだ。
「・・・そうか、あやつは転移魔法が・・」
パイシスは苦虫をかみつぶしたような苦しい声をあげ、マルクの懐から飛び出すとその肩に乗って仁王立ちをする。
腹をくくったようなその姿を確認して、クレアはそっと微笑んだ。
「ごきげんようパイシス。ずいぶんと可愛らしい姿になったモノね。いきなり逃げるなんてつれないじゃないの」
「・・・ふん、今更この老骨に何の用だクレア・マグノリア。また勧誘か? それともトドメを差しにでも来たのか」
不機嫌そうなパイシスの言葉をクレアは鼻で笑う。
「生憎だけど残りカスでしか無いアナタに何て興味は無いの。アナタがマルクくんと一緒にいたのは少し驚いたけど・・・まあそういう事も予想してなかった訳じゃ無いしね」
そしてクレアはその端正な顔をずいっとマルクの顔に近づけた。
マルクは思わず顔を赤くして一歩後ずさる。
「アタシが用があるのはアナタよマルクくん」
「え? 俺?」
わからない。
マルクとクレアの接点はかつて冒険の最中に偶然出会ったというそれだけの筈だ。一体何の用事があるというのだろうか。
「馬鹿を言うな。こんな何の取り柄も無い一般人にお前のような奴が何の用事があるというのか」
パイシスの言葉にいかにも心外だと言わんばかりの表情で答えるクレア。
「あら傷つくわぁ。アタシがマルクくんに会いに来ちゃおかしいかしら? まあ、何にせよアナタには関係ない事よ」
ケタケタと笑うとクレアはその大きな瞳でマルクをじっと見据えた。
「マルクくんはアタシに着いてきてくれるわよね?」
その目力の凄まじさにマルクは思わず頷いてしまうのであった。
マルクは先導するクレアの後ろ姿を見ながら街の中を進む。
パイシスとクレアの会話を聞いた限りではどうやら彼女はパイシスが警戒するレベルの実力者であるらしい。
ちらりと転移魔法という言葉が聞こえたが、もし彼女がその魔法を習得しているというのならパイシスが警戒するのも頷ける。
転移魔法とは魔法の到達点の一つ。
数多の魔法使いがソレに挑戦し、しかし存在するとされながらソレを習得した人間はついぞ現れなかったという。
とある夜のパイシスの講義でマルクはそう習った。
人間には到達できなかった魔法を習得している存在。即ち人外。恐らくマルクに錬金術師と名乗ったのも嘘だろう。
(しかし考えれば考えるほど分からない。何故そんな凄い魔法使いのクレアさんが俺に用があるのだろうか)
マルクがパイシスに魔法を学んでいるということを、つい先ほどまで彼女は知らなかった
ようだ。
つまり彼女が探していたのはあの洞窟で出会ったときの、魔法に精通していないマルクという事になる。
わからない。
一体何故どこにでもいる底辺冒険者を探しに来たのだろうか。まだ、パイシスを探しにやってきたと言われた方が納得できるというものだ。
そんな事を考えているとどうやら目当ての場所にたどり着いたらしい。そこはマルクとエリザベートが拠点としている街で一番高級な宿屋であった。
クレアは宿屋の一室まで迷い無く進むと、その扉を開けて先に入るようにとマルクに手招きをした。
扉を開けているクレアの横を通り過ぎ、恐る恐る部屋の中に入ると中から小さな人影が駆け寄ってきてそのままマルクに勢いよく抱きついた。
「マルク! 逢いたかった!」
「・・・・・・シャル?」




