昇格
エリザベートの剣撃がサイクロプスのスネ肉を斬り飛ばす。吹き出す鮮血と、痛そうにうめき声をあげたサイクロプスがその巨大な手を叩きつけるが、既にその場所にエリザベートはいない。
空高く跳躍したエリザベートがサイクロプスの一つ目に刃を突き立てて視力を奪うと、右手を掲げて魔法を発動した。
「”サンダーボルト”」
魔力で構成された偽りの雷がサイクロプスを襲い、その巨体を丸焦げにする。
「おぉおぉおお!!」
不意に背後から現れたサイクロプスの別の個体が、同族を殺された怒りに身を任せてエリザベートに向かって棍棒を振り下ろす。
5メートルほどもある巨体から繰り出される一撃は当たれば人間など簡単に死んでしまうだろう。
しかしエリザベートは余裕の表情で回避する動作すらみせなかった。
「マルク、頼みましたわよ」
その声に応えるかのようにエリザベートの側を通り抜けてサイクロプスへ向かって駆ける人影が一つ。
人影・・・マルクは自身に満ちた表情で愛用のグラディウスを構えると同時に魔法を発動した。
「”ジャイアント・フォース”」
身体強化の魔法。
巨人の力が付与されたマルクはサイクロプスの棍棒をグラディウスで迎撃する。宙でぶつかる二つの武器。一瞬の均衡の後、マルクがサイクロプスの一撃を跳ね返した。
小さな人間に力負けしたという事実に驚くサイクロプス。その一瞬の隙をついてマルクは次なる魔法を詠唱する。
「”ボーンプリズン”」
地面からにょきにょきと生えた骨がサイクロプスの周囲に強固な檻を形成。その巨体を拘束する事に成功した。
「行きますわよマルク」
「はい師匠!」
並び立つ師弟。
二人は同時に同じ魔法を発動する。
「「”サンダーボルト”」」
放たれた二筋の雷が檻に捕らわれたサイクロプスを直撃し、その息の根を完全に止めるのであった。
「Aランク昇格おめでとうございますマルクさん! こんなに短期間でランクが上がる人を見たのは久しぶりですよ。流石はエリザベートさんに師事しただけの事はありますね」
嬉しそうに昇格の知らせが記された紙を受け渡すギルドの受付嬢に、マルクは返事をする事ができなかった。
Aランク昇格。
長年の夢であったSランクも射程圏内と言える高ランクへの昇格に、夢見心地になって返事どころではなかったのだ。
マルクの苦悩を知っていた受付嬢はその様子を微笑ましげに見つめると、そっとマルクの手に昇格の用紙を握らせる。
「マルクさん、早く師匠にこの吉報を知らせた方がいいんじゃないですか?」
「・・・はい。ありがとうございます」
優しげに微笑む受付嬢にマルクは深く礼をすると用紙を握って駆けだした。
ギルドを飛び出し、街を駆ける。目指すはもちろんエリザベートとマルクがこの街で拠点としている宿屋だ。
足が軽い。
心がふわふわと空を飛んでいるように幸福感に満ちている。
早く伝えなくては。マルクは自分がいつのまにか微笑んでいる事に気がついた。そんな時、マルクを呼び止める聞き覚えのある声が聞こえた。
「あらマルクくん、久しぶりね」
立ち止まったマルクは声のした方向に振り返る。
なめらかな絹を思わせる紫色の髪。豊満な身体を包み込むぴっちりとした黒の衣装に、濡れたような紅色の唇をした女性・・・。
「あれ・・・もしかしてクレアさんですか?」
いつぞやの冒険中に出会った錬金術師の女性、クレア・マグノリア。あの時は気がついたらはぐれていたのだが、どうやら無事にあの場所から脱していたようだ。
「そうよ、久しぶりねマルクくん。・・・ずいぶんと嬉しそうに走っていたけれど、何か良いことでもあったのかしら」
「そうなんですよ! 実はさっきギルドからAランク昇格を受け渡されまして」
「まあそうだったの。それはおめでとうマルクくん」
昇格の話を自分のことのように喜んでくれるクレアを見て嬉しくなったマルクはさらに言葉を続けようとして・・・唐突に頭の中に聞き慣れた声が響き渡った。
『馬鹿モン! 早く逃げるんだアホ弟子!』
同時に展開されたボーンプリズンの魔法が目の前のクレアを拘束する。呆気にとられているマルクの両足が、まるで何者かに操られているかのように全力で駆けだしてクレアから逃げるように距離を取った。
「・・・ふぅん。やっぱりそういう事なのね」
その様子を冷たい目線で見ていたクレアはそっと骨の牢獄に手をかけると、素手でそれを破壊して拘束を解いた。
「逃がさないわよマルクくん」




