命の宝球
「そこを! どけぇ!」
吐血しながらも声を張り上げショウは目の前のストーンゴーレムに聖剣を振るう。
技術もへったくれも無いメチャクチャな剣筋に、しかしの激しい闘争心に呼応した聖剣が深紅に輝いてストーンゴーレムの硬いボディを斬り裂いた。
しかしその攻撃の隙を、背後から忍び寄った別のストーンゴーレムによって突かれ、巨大な石の拳で後頭部を思い切り殴打される。
「・・・っは・・・」
グシャリと嫌な音と供に訪れる衝撃、薄れゆく意識を気力で押しとどめ倒れそうになる身体を右足を地面に叩きつけて踏ん張る。
さらなる追撃の拳を紙一重で回避してゴーレムの懐に潜り込んだショウは、その胸に聖剣を突き立てて今までの戦闘で把握したコアの位置を正確に貫いてストーンゴーレムの動きを停止させる。
だらんと力なくショウにもたれかかってきたストーンゴーレムを蹴り飛ばして突き立てた剣を引き抜いたショウは、片膝を地面について荒い呼吸を整えた。
身体はすでに限界を超えている。少しでも気を緩めたらそのまま意識を失ってしまいそうだ。
血が流れすぎている。
目は霞み、思考もはっきりしない。自らの命の灯火が消えかけている事を、ショウは如実に感じ取っていた。
(駄目だ・・・俺はまだ死ねない)
足音が聞こえる。
視線をあげると再びやってくる新手のストーンゴーレムの姿・・・・・・。
「・・・・・・上等だ」
フラフラと立ち上がり、左手で聖剣を構える。
(生き延びてやる・・・どんなに無様でも)
生への執念。
ショウは手負いの獣のような動きでストーンゴーレムに飛びかかると、その巨体を思い切り蹴飛ばした。
拳と剣が交差する。
一合、二合
硬いモノ同士がぶつかり合う甲高い音を響かせながら剣線が閃き、やがてショウの一撃がクリティカルヒットしてストーンゴーレムを吹き飛ばした。
勢いよく飛んだその巨体は遺跡の壁にぶち当たり、その勢いのまま壁を砕いて向こう側の空間へと通り抜ける。
追撃を行う為にショウも壁を通り抜け、倒れゆくゴーレムに馬乗りになってそのコアに剣を突き刺した。
確かな手応えと供に動作を停止するストーンゴーレム。
ショウは虚ろな瞳で顔を上げ・・・そして目の前に鎮座する異質な存在感を放つ球体を目にする。
「・・・これ・・・・・・は・・・」
ショウの目が大きく開かれる。口はだらしなく半開きになり、血のにじんだ唇はわなわなと震える。
一目見た瞬間にわかった。コレが ”命の宝球” 世界を救うために必要な宝・・・。
しかし瀕死のショウは、コレが世界を救うために必要だとか勇者の使命だとかそんな事は全く考えられず・・・でも、何故か宝球が自分を呼んでいるような気がした。
ゆっくりと立ち上がり、全身に走る激痛に顔を歪める。
フラフラとおぼつかない足取りで聖剣を杖のようにしながら一歩一歩宝球の元へ歩み寄る。喉がカラカラに乾いている。目は限界まで見開かれ、ただ荘厳な装飾の施された台座の上に置かれた宝球だけを凝視していた。
そろりと手を伸ばし、震える指先で宝球に触れ・・・その瞬間、宝球から放たれた目映い光りが辺り一面を激しく照らしつけた。
◇
「やあ、遅かったね。ずっと待ってたよ」
声が聞こえた。
聞き覚えのある快活な少年の声・・・。
目を開くと目映いばかりの純白な空間が広がっていた。ソレはどこまでも奥行きのある途方も無く広い空間にも、もしくは一歩踏み出したら何か壁にぶつかりそうな、息苦しいほど狭い空間にも感じられた。
「こっちこっち、後ろだよ翔」
名前を呼ばれて振り返ると、そこに立っていたのは小学生くらいの幼き日の自分自身だった。
「・・・・・・君は誰?」
「つれないこと言うなよな? 僕は君に決まってるだろ?」
「君は俺なのか?」
「そう、僕は君で君は僕だ」
不思議な感覚だった。
確かに今しゃべっているこの少年は幼き日の自分に違いないのだと本能で理解できるのだから。
「それにしても君、ずいぶんとボロボロじゃないか。君は何でそんな死にそうな目にあってまで頑張っているんだい?」
幼き自分の問いに、ショウは静かに首を横に振った。
「それは違う。俺は死なないためにこんなにボロボロになりながらもあがいたんだ」
「そうだね、君は死にたくないからあがいた」
「そう、そして遺跡の宝に手を伸ばした筈なんだけど・・・」
そこでショウはキョロキョロと周囲を見回す。
(そうだ、自分はあの遺跡で戦っていた筈・・・じゃあこの場所は一体何なのだろう?)
目の前の少年がニヤリと意地悪く口角をつり上げた。
ショウはその変貌っぷりにギョッとして思わず後ずさる。
「おめでとう翔。君はみごとに ”命の宝球”を手に入れた。ご褒美に君の生きたいという願いをかなえてあげる」
おかしい。
確かに先ほどまで目の前の少年はショウ自身だった筈だ。しかし今目の前にいる少年にショウの面影など何も無く、ただその澄んだ黒色の瞳には底の無い闇が浮かんでいた。
「君は・・・一体・・・」
ショウの言葉を遮るように足下に生まれた闇色のシミから無数の手が生えて来てショウの身体に絡みつく。悲鳴を上げる間もなくショウの身体はシミの中に引きずり込まれて消えてしまった。
「おめでとうショウ。君はもう頑張らなくてもいい・・・今日から僕が勇者として君の身体で生きてあげるからさ」
そう言って微笑んだ少年の顔は、まるで人間味の無い人形のような虚ろさを持っているのであった。
◇




