刃の向かう先
「団長、急に抜刀などされていかがなされたので?」
史上最強の騎士アルフレート・ベルフェクト・ビルドゥは怪訝そうな顔をして問いかけた側近の言葉に微笑むとそっと抜刀した剣を鞘に収めた。
”沈まぬ太陽の剣”(サント・ルス)
勇者の持つ ”暁の剣” にも劣らぬ威力を秘めた聖剣の一振りである。長い歴史を持つその剣は王国の大貴族ビルドゥ家の当主に代々受け継がれてきた一品だ。
「見えなかったかい? どうやら私は今命の危機だったようだよ?」
からかうような口調のアルフレートの言葉に側近の男は表情を硬くする。
「・・・まさか何者かが狙撃を? ただちに兵を走らせて狼藉者を捕らえます!」
慌てて駆け出そうとする側近に向かってアルフレートは静かに首を横に振ってその行動を引き留めた。
「無駄になりそうだし止めておくといい。今から兵を走らせたとて捕らえられる場所にはもういないだろうしね」
そう言いながらちらりと弾の飛んできた方向を見る。
その方向には狙撃が出来る隙間などなく、密集した建物が並んでいた。どうやったのかはわからない、だが尋常ではない実力の持ち主であることに違いは無いだろう。
「それでも・・・私が負けることはないだろうね」
手の内もわからぬ暗殺者に対する自身に満ちた言葉。しかしその一言はハッタリでは無い。彼は知っているのだ。恐らく自分がこの世で最も強いという事を。
今、世の中を騒がせている魔王という存在ですら、史上最強の騎士アルフレートは難なく屠ってしまえるだろうと考えている。
しかしアルフレートは王族に仕える騎士。その刃は王の命令無く振るうことが許されないのだ。
「・・・でもそろそろかもね」
現在、多くの魔王によって人類という種は絶滅の危機に追い込まれている。
フスティシア王国はその強大さ故に敵も多い。だからこそ国の防衛という点で自ら魔王を狩りに行くような事は今まで行ってこなかったのだが・・・魔王からの被害が深刻な現状、国の最高戦力であるアルフレートの騎士団が派遣される日も遠くないだろう。
「魔王だか何だか知らないけど・・・あまり人類を舐めない方がいい」
その笑みは絶対的な強さに支えられた自身に満ちていた。
◇
「・・・・・・アヴァール王国が落ちたか・・・これは流石に我々も動かねばならない事態だな」
重々しい口調でそう呟いたのはフスティシア王国12代国王セサル・フエルテ・フスティシアだ。御年74才の高齢だがスッと伸びた背筋と見る者を威圧する眼力からどう猛な印象を人に与える。
口に蓄えた見事な白ひげを手でなでつけるとセサルは机を囲む国の重役達に意見を求める。
「我が国の誇る最強戦力によって魔王を討伐しようと思うのだが・・・お前達はどう思うかね?」
最初に口を開いたのは体格の良いはげ頭の男。将軍の地位を持つ、この国における軍事責任者だ。
「私は賛成です。誇り高き我が国は正義と騎士道を重んじる騎士の国・・・動くのが遅すぎるくらいです。ここで動かねば正義が廃ります」
しかしその言葉に反論する者もいた。参謀役の神経質そうなやせ男が将軍の勇ましい言葉に異を唱える。
「それはどうでしょうか将軍殿。今我が国はドロア帝国、グランツ帝国という強大な二国とにらみ合いをしております。魔王軍を倒すならそれなりの兵力が必要・・・その隙を突かれたら手痛いですぞ?」
「ふむ、確かに。・・・魔王軍討伐へ要する兵力を引いて考えても、ドロア帝国かグランツ帝国、どちらか片方ならどうにかなるでしょう。しかし両国が手を組むと流石に我が国の精鋭でも厳しいですな」
それは軍事責任者として国の兵力を正確に把握した将軍だからこその言葉。
フスティシア王国の兵力は強大だ。仮に敵対している二国が手を組んだとて、万全の状態なら返り討ちにする事も可能だろう。
二人の話し合いを聞いていたセサルが大きく息を吐き出すと手で二人の言葉を制した。ゆっくりと立ち上がり今後の方針を宣言する。
「よろしい。あまり気乗りはしないが魔王討伐の前に不安の種を摘んでおこうか・・・アルフレートよ前に」
セサルの言葉に、後方に控えていた騎士アルフレートが前へと進み出た。
「アルフレートよ、お主にはドロア帝国を攻めて貰う。お主直属の騎士団をつれて行くといい・・・攻略に時間はどれだけ必要だ?」
王の言葉に、アルフレートは輝かんばかりの笑顔で答えた。
「ならば一月もかからないでしょう」
歴史は動き出す。
人類最強の男は魔王を倒すよりも先に、敵対国家を潰す為にその力を振るうのだ。
◇




