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修行の日々

「剣を構えなさい、行きますわよ!」


 エリザベートはそう告げると、腰に差した細身の剣をすらりと抜き走り出す。


 相対したマルクは緊張した面持ちでショートソードを構えると、距離を詰めてきたエリザベートを迎撃する。


 ダッシュの勢いに乗せて剣を突き出すエリザベート。


 マルクは左手に持った小盾でその一撃をいなすと、間合いを詰めてショートソードを横薙ぎに振り抜いた。


 ソレは吸い込まれるようにエリザベートの腹部に直撃し・・・硬い手応えと供に刃が跳ね返される。


「だから甘いのですわ!!」


 マルクのこめかみに叩き込まれる剣の柄。正確無比なその一撃で、マルクの意識はあっさりと闇に飲まれていった。








「これでわかったかしら? 冒険者にとって丈夫な防具、強い武器というものは装備しているだけでその人の実力を何倍にも高めてくれるのよ」


 目を覚ましたマルクに正座をさせ、開口一番エリザベートが言った言葉は冒険者における装備の重要性だった。


「・・・師匠、それはつまり高い装備を買えという身も蓋もない話ですか?」


 微妙な顔をしたマルクの言葉が気に入らなかったのか、エリザベートはAランク冒険者にふさわしい素早い動きでマルクの額にデコピンをする。


 超人的な瞬発力から繰り出されたその一撃はデコピンといえどかなりの威力で、それをまともに受けたマルクは痛みのあまり悶絶する。


「その通り、正直言ってアナタの装備はしょぼすぎるのですわ。全財産かけてもいいからもっと良い装備を整えなさい」


 額を押さえながらマルクはその言葉に反論する。


「でも師匠、装備に頼っていてそれで強くなったと言えるのですか?」


「もちろん装備に頼るだけの冒険者は二流ですわ。ですが自分の命を預ける装備にすら金をかけられない馬鹿は三流以下です。・・・マルク、アナタは一流の戦士になりたいのでは無くて一流の冒険者になりたいのでしょう? ならばどんな手を使ってでも生き残るすべを考えるべきなのです。装備を調えるのも仲間を頼るのも、策を練り罠を張るのもすべて冒険者に必要な事ですわ」


 しかしまだ納得がいかないという顔をしているマルクに、エリザベートはふんわりと優しく笑いかけた。


「・・・マルク。強さとは目的のための手段に過ぎません。アナタは目的を遂げるために強さを求めていた筈がいつの間にか強さが目的になっているようですわ。確かにあのいけ好かない女のように高潔な騎士道は、策や道具に頼らない純粋な強さは美しいものです。しかしアナタの目的は高潔な武人になることでは無い筈ですよ?」


 頭を殴られたかのような衝撃を受けた。


 そうだ、マルクはいつの間にか勘違いをしていた。


 あの日手合わせをした女騎士があまりにも圧倒的すぎて、いつの間にか目的が入れ替わっていたのかもしれない。


「戦場に騎士道などありません。使えるモノは何でも使って良いはずなのに、たいていの人間は自分の力だけで切り抜けようとしてしまうのですわ。だからマルク、先入観を捨てなさい。戦場に置いて正義なんて無くて、王道も無い・・・生きるためなら何だってするべきなのです」


 マルクは深く頷いた。


 その素直な姿にエリザベートはくすりと笑うと、マルクの髪をくしゃくしゃと撫でて立ち上がる。


「さて、少し休んだらアナタの装備を見に行きましょうか」













「鉄の鎧は強固ですが、扱うには相応の筋力が入ります・・・マルクにはまだ速そうですわね。となると・・・ああ、コレとか良さそうですわね」


 エリザベートが手にしたのはチェインメイルと呼ばれる防具。


 細く伸ばした銅線で輪を作り、それらを連結させて服の形に仕上げた一品である。鉄製の鎧ほど強くは無いがその分軽量かつ柔軟性に優れ、何と言ってもその利点は他の防具との重ね着が可能というものだ。


「アナタが今来ている革鎧の下からコレを着込むだけでもかなり変わりますわ。防具はコレでとりあえず大丈夫として・・・新しい武器が欲しいですわね」


 一人で頷きながら手に持ったチェインメイルをマルクに持たせるエリザベート。どうやらあまりマルクの意見を聞く気は無いようだ。


「マルク、アナタはショートソードを使っていますけど、他の武器は扱えますの?」


「いえ、使ったことが無いです。そもそも冒険者になりたての頃一番安い武器がショートソードだったから買ったってだけなんですけど・・・」


「なるほど、ではこの機会に別の武器に触れるのもいいかもしれませんわね」


 そしてエリザベートは一人で武器の物色を始めた。


 マルクも自分に合う武器とは何だろうと考えながら店内を見回す。


 槍、斧、ハンマーに大剣。今まで自分には縁の無いと思っていた武器達がずらりとならんでいる。こうしてみると武器とは色々な種類があるものだと改めて驚かされる。


 しばらく店内を見て回っていたマルクだが、とある棚に陳列されていた武器を見てその足をピタリと止めた。


 それは見たことの無い武器だった。


 剣には違いない。刃渡りは50センチ、柄を含めても70センチほどだろうか? ロングソードと比べても短めのその剣は、しかしその肉厚で幅広な両刃の刀身が力強さを感じさせる。


 飾りの類いは一切無く、無骨なその肉厚の刃だけが見るモノを威圧した。


「ほうほう、それがお気に入りですか?」


 突然聞こえた声に驚くマルク。


 そんな彼の後方からにょっきりと顔を出したのはこの武器屋の店主だった。


「・・・え、ええ。少し気になって・・・この武器はどういった特徴があるんですか?」


 マルクの言葉に店主は棚からその剣を取り出してマルクに握らせた。小柄な割にずしりと重いその感触は、不思議と手になじむようだった。


「その剣の名前は ”グラディウス” 別に魔力が込められているとかそう言った一振りでは無いんですが、西の方から流れてきた異邦の武器でね。この辺じゃ取り扱っているのはウチくらいですよ。特徴としてはロングソードより小ぶりだから閉所でも扱いやすいってのと、小さいのに重量があるから威力が高いって事ですかね。小ぶりな武器の振り回しやすさと大きな武器の威力を兼ね備えた一品です」


 グラディウス。


 マルクの心臓がドクンと一つ早鐘を打つ。


 説明を聞くまでも無い。


 一目見た瞬間からもう心は決まっていた。


「あの・・・これいくらですか?」






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