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魔神

「・・・魔神だと?」


 魔神


 世情に疎い速見でもその存在は耳にしたことはある。


 曰く世界を滅ぼす災厄


 曰く神を殺すモノ・・・


「そうだよ、驚いたかい?」


 そう言っていたずらっ子のように微笑む彼女の姿は、どこか言いしれぬ凄みこそ感じれども噂に聞くような巨悪にとうてい見えなかった。


「・・・驚いたが。しかしなんで魔神様が俺みたいな一般人を助けたんだ?」


 速見の問いに魔神・・・クレアはニイっと笑いを深めた。


「一般人・・・ねえ。まあいいや。お前を助けたのはアタシの趣味の為さ。山で死体を集めていたのと同じ理由だよ・・・」


「・・・その趣味とは?」


「おやおや、恐怖の魔神様を相手に遠慮が無いねえ。まあ別に構わないけど」


 ケラケラと笑いながらクレアは立ち上がり本棚に歩み寄る。一冊の分厚い本を抜き取るとそれを速見に向かって放り投げた。


 急な事だったが反射的にそれをキャッチした速見に「ナイスキャッチ」とクレアはウィンクをする。

 速見が手元の本に視線を向けるとそのタイトルが目に入った。



”死者蘇生の禁書”



「巷では魔神と呼ばれたりもするが・・・別にアタシは神なんて存在じゃない。ただの少し強力な力を持った魔族なんだよ」


 そう説明しながらクレアは部屋の奥からティーポットと洒落たカップを乗せたおぼんを持ってくる。


 ベッドの側の小さなテーブルにおぼんを置き、二人分の紅茶をカップに注ぐ。その片方を速見に差し出してから続きを語り出した。


「かつては魔王と呼ばれていた時もある・・・まあ昔の話だけどね。それで世の平和を乱す魔族の王は別世界からやってきた勇者様に滅ぼされて引退に追いやられたのさ」


「・・・殺されなかったのか?」


「逃げたんだよ単純に戦わなかったんだ。アタシの部下が勇者どもに蹂躙されるのを見て逃げ出したんだ。どう見てもアタシに勝ち目は無かったしね、影武者を一人置いてとんずらこいた」


 何でも無い事のように語っているが、その瞳は悲しみに染まっていた。


 なんとも言いがたい居心地の悪さを感じた速見はクレアから渡されたカップに口をつける。熱い紅茶は濃いハーブの香りがした。


「勇者が魔王を救った後に世界が平和になったがどうかは知らない。そもそもアタシは魔族の領土を守ってただけで人間がどうなろうと知ったこっちゃ無かったしね。でも風の噂では私の城を落とした勇者様はその後何か犯罪を犯して死刑にされたそうだ。・・・まあ魔王が滅びた後に強力な力を持った個人なんて脅威以外何者でもないからね、たぶん国のお偉い方の策謀だろうさ」


 世界を恐怖に陥れる魔王を個人で打倒しうる力。


 言い換えれば個人で世界を征服できる力を持っているという事だ。勇者がその気になれば第二の魔王になりかねない。


「隠遁生活をしていた私はとある遺跡でおもしろい本を見つけた・・・それが今お前が持っている本だよ」


 速見は再び膝元に置いている本に目を下ろす。


「高難度な罠や番人が置かれているマイナーな遺跡だったけど、その本を見つけてアタシの人生は文字通り激変した。長年その本の内容を研究して晴れてアタシは魔王からネクロマンサーへとジョブチェンジを果たしたのさ」


 つまり先ほどの死体を探していたという言葉も、死霊術の儀式に使うためだったのだろう。


「・・・まだ二つほど疑問が残る」


 速見の言葉に、クレアは紅茶を啜りながら「どうぞ」とジェスチャーで促した。


「まず一つ目に、それでアンタが魔神と呼ばれるようになった理由がわからない」


「ああ、それか。んーそうだな。お前は魔神についてどういう噂を聞いている?」


 突然の質問に、速見は少し考えた。


 そう、確か魔神の出現によって・・・


「・・・たしか封印されていた魔神の復活によって各地に魔王をなのる強力な魔族が出現・・・封印されていた魔神の復活?」


 おかしい。今のクレアの話だと彼女が封印されていたという事実はない。


「ふふ、いや実はな。本当の魔神はまだ封印されているままなんだ」


 彼女曰く、かつて魔神は実在し大いなる戦いの末に世界の果てに封印された。伝承によると魔神の封印が解けた時、それに仕えるため強力な力を持つ魔王が複数現れるらしい。


「・・・つまりどういうことだ?」


「つまり逆なんだよ。人間どもは魔王が複数出現したという事実から魔神が復活したと予想を立てた。だけど事実は違う。アタシが歴代の魔王の墓を掘り返し、死霊術で使役しているのさ。魔神なんて復活しちゃあいない」


 歴代の魔王を復活させた。


 さらりと言っているがとんでもない事だ。


 その死霊術だけで世界を統べる事もたやすいだろう。速見はぞっとして膝元の本を見つめる。


「何でそんな重要な本を本棚なんかにしまってるんだ? 盗まれてその死霊術使いが増えでもしたら世界の混乱どころの話じゃないだろう」


「無理さ。だってアタシほど魔力の扱いに長けている魔族でもこの術を取得するまでに数百年の時間を要したんだ。そうだね・・・もしその本が盗まれでもしたら、盗人がその術を極める前に世界を滅ぼしてしまうことにするよ」


 事実、それは可能であろう。


 もし歴代の英雄達を無尽蔵に蘇らせて使役できるというのならば、その力に抗うすべはない。本物では無いとしても、紛れもなく彼女は魔神と呼ばれるにふさわしい力を持っているのだ。


「ほら、一つ目の質問には答えたよ。もう一つは?」


 クレアの明るい言葉に、速見は大きく深呼吸をしてから気を落ち着かせた。


(落ち着け。目の前の女がどんな危険な奴だろうと、俺がどうにか出来る話じゃねえ。慌てるだけ無駄だ)


 腹をくくって速見は最後の疑問を口にする。


「・・・やはりわからんのだが、何故アンタが俺を助けたんだ?」


 彼女の事を知れば知るほど意味が分からなかった。


 世界を意のままにできるような魔族の女が、何故自分のような中年男の命を救うのか。


「だからさっきも言ったけどアタシの趣味よ。そうね、わかりやすく言うと・・・」


 そしてクレアの唇が意地悪く歪む。


「死にかけの人間に死霊術を使うとどうなるか興味があったの」





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