観測者
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彼女の左目は、生まれながらにして封印されていた。
森の民として生まれ、千里眼の保有者と運命づけられた彼女の本当の名を覚えているものはもう数少ない。
彼女の右目に発言した千里眼。そして、もう片方の左目は、生まれながらにして光を映す事が無かったという。
片目だけとはいえ、千里眼の保有者。そして、彼女は精霊の強い加護を受けている証でもある、”先祖返り” の漆黒の肌を持って生まれてきた。
精霊術の秘奥をわずかな時間で修め、里一番の弓の名手でもある漆黒の肌を持つ千里眼の保有者。
彼女は異端だった。
全てを受け入れる広い心を持った森の民をしても、彼女の在りようはあまりにも異形に見えたという。
里から離れた丘の上、一人寂しく佇む彼女に、里長は語りかけた。
「なぁ、×××よ。お前は優れた子だ。精霊に愛された子だ。今は寂しいだろうが、きっといつか、お前は偉大な存在になる」
里長の言葉に、彼女は振り返り小さく笑った。光を映さない筈の彼女の濁った左目が、じっと里長の顔を見つめているようで少し居心地が悪い。
「ねえ、里長様。貴方の千里眼には何が映っているの?」
「世界の全てだよ。お前の千里眼が映す範囲はまだ狭いだろうが、長い時をかけてその範囲は広がっていく・・・・・・焦ることは無いさ。お前ほどの才覚ならば、きっと100年もすれば世界が見えるようになる」
先達としてのアドバイス。
しかし、彼女はゆっくりと首を横に振ると悲しそうな眼をしてこう呟いた。
「・・・・・・やはり貴方もわかっていないのですね」
その悲哀に満ちた表情は、里長の脳裏に今でのこびりついている。
やがて彼女は旅だった。
誰にも何も言わず、愛用していた魔弓すら残して里からいなくなってしまったのだ。
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