飛来 2
魔族の言葉に、無言で弓を構える速見。どう見ても有効的では無いこの相手に、返答をする意味は無いと判断したのだ。
「・・・ふむ、まあ良い。別にお前に用があって来たのでは無いのだから」
魔族はつまらなそうにそう呟くと、その紅く輝くその両眼をギョロリと動かし、ミルの隣で震えているノアの姿を視界に捉えた。
その鋭い眼光に、ビクリと震えるノアをミルが庇うように前に立つ。その様子を見て、魔族の男はその薄い唇をニヤリと捲り上がらせた。
「邪魔だ ”森の民”。俺はそこのガキに用がある・・・怪我をしたくないならそこをどきな?」
狙いはノア。その事実が分かった瞬間、速見は驚くべきスピードと正確さで矢を放った。放たれた矢は魔族の男の右目に目がけて真っ直ぐに飛んでいく。
「オッと、危ないな。良い腕だ。その射撃能力は賞賛に値する・・・・・・まあ、我が主人ほどでは無いがな」
クックと笑いながら矢を右手でつまみ上げる魔族。其の顔には強者の余裕が現れていた。
「・・・ハヤミ殿、あの魔族はかなりの実力者だ。普通の矢では太刀打ち出来ますまい・・・・・・私が足止めをします。ハヤミ殿はこの娘をつれて逃げて下さい・・・できれば援軍を呼んできてくれると助かりますが」
ミルの提案に、速見はギリリと歯を噛みしめながら静かに頷いた。
悔しいが、今の速見に目の前の魔族と渡り合えるような力は無い。であるならば、ミルに足止めを任せて援軍を呼んでくるのが最善である。
(クソッ、情けねえなおい・・・だが、確かに今はノアの安全確保が最優先だ)
意を決した速見が、ノアの手を引いた其の瞬間、魔族の男が右手を高らかにあげて、大きく指を鳴らした。
その音に呼応するかのように、魔族や速見達を中心とした大円の形を描いて地面から炎が吹き出した。
煌々と燃え上がる数メートルほどの高さの炎が、脱出が不可能であると三人に悟らせる。
その様子を見て、魔族の男は愉快そうに高笑いをした。
「逃がしはしない。なぜならばそのガキ一人を攫うために、わざわざこの俺が辺境の地まで出向いてやったのだからな」
ギラリと深紅の双眼が光る。その体から発されるプレッシャーが、彼が口先だけの男では無いことを物語っていた。
「我が名はトパーズ! 魔王サジタリウス様が側近の一人!」
堂々たる魔族トパーズの名乗り。しかし速見はトパーズ自身では無く、名乗り上げたその主人の名前を聞いて驚愕する。
「魔王・・・・・・サジタリウス?」
ズキリと、右目が痛むのであった。




