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鬼、そして・・・

「皆の者気を引き締めろよ? ここからはもう鬼の住処だ」


 ヤマト国に到着して、三千の軍は休み事無くそのまま鬼の住む山へと向かった。速見はその隊列に加わりながらそっと周囲の景色を眺める。


 自然に囲まれた山、湿度が高く地面はしっとりと湿っている。何やら懐かしいような見覚えのある木々の姿に速見の心はざわついた。


(驚いたな。まだこの地の人を見てはいないが、この風景はまるで祖国の山を見ているようだ)


 シンと静まりかえった山道を無言で歩く。三千の兵をいくつかの部隊に分けて同時に登山を開始している。


 山狩りだ。


 決してその鬼とやらを逃がす気は無いらしい。


 静かな

 静かな行進が続く


 悟られぬように

 決して警戒させないように


 名も知らぬ鳥の鳴くチュンチュンという声が響いている。虫たちも今から行われる死闘などに興味は無いとばかりに鳴き始め、大自然のコーラスが生まれる。


 ふと感じた違和感。


 首筋をちりちりと焦がすような焦燥、ねっとりとした狩人の視線。聞こえるはずのない舌なめずりの音を幻聴し、速見は機敏な動きで近くの茂みに身を投げ出した。


 そしてそれは現れた。


 速見の隣を歩いていた兵の首が飛ぶ。力を無くして膝をついた死体の首から大量の鮮血が噴出した。


「来たぞ!! 奴らだ!!」


 指揮官の男が叫び、隊の兵は皆武器を構える。


 だが


 全ては


 遅すぎたのだが


 赤い物体が高速で移動する。その動きは速すぎて目で追うことすら困難だ。


 兵達は何も出来ず、赤い物体が通り過ぎるとその通り道にいた兵が血しぶきを上げて倒れていく。


 その様はまるでダンスでも踊っているかのようで、戦場は死の舞踏会と化していた。


 速見は茂みに伏してそっと背中に背負ったライフルを構える。立ち上がる事はしない、むざむざ敵に自分の居場所を教えてやる必要は無いのだ。


 味方の兵が次々に死んでいく地獄の中、速見は心を落ち着かせてじっと耐えた。


(今は駄目だ。敵の姿が見えないんじゃ当てようがない)


 目の前の地獄絵図に心を乱される事も無い。そんなものは若い頃に死ぬほど見ているのだから。


 懐にいる太郎も殺気を感じているのか大人しくぶるぶると震えていた。速見は怯える太郎を懐から取り出し、そっと隣の茂みへと隠す。


 何も太郎まで危険にさらすことは無い。


 そして待った。


 ただひたすらに


 その時が来るのを・・・。


 やがて動き回る兵もいなくなり、場を静寂が支配したときソイツは姿を現した。


 赤黒い肌。隆起した筋肉。肉食獣を思わせる鋭いかぎ爪。人と獣を掛け合わせたかのような二足歩行だが野性的な骨格。


 そして額には二本の角・・・。

 

 ”鬼”


 ああそれは速見が思い描いていた通りの姿をした鬼だった。おとぎ話の産物だと思っていた妖怪の出現に速見は全身を震わせる。 


(見たところ皮膚はそうとう分厚そうだ。一撃で仕留めるなら・・・)


 鬼との距離はおよそ五メートル。


 スコープが無くても外す筈は無い。


 呼吸を整え、銃口を鬼に向ける。


 そして鬼の見せた一瞬の隙を捉えた。


(今しか無い!!)


 引き金を引く。


 乾いた音と供に放たれた弾丸が油断した鬼の右目に見事命中した。


 仕留めた。


 そう歓喜した次の瞬間。右目を打ち抜かれた鬼がぐるりと首を回してこちらを睨み付ける。


(そんな馬鹿な!? どんなに体が頑丈だろうと人間に近い種族である亜人が目を打ち抜かれて無事なんて・・・)


 速見の思考は中断された。


 大きく跳躍した鬼が五メートルの距離を一瞬で詰め、腹ばいに寝そべっていた速見の背中を思い切り踏みつけた。


 ボキボキと背骨の折れる音がする。


 あまりの痛みに意識が飛びかけ・・・最後に速見が目にしたのは、こちらに向けて腕を振りかぶる鬼の姿。


 打ち抜かれた右目からは絶え間なく赤い血が流れ出ており、その顔は苦痛に歪んでいた。


(・・・なんだ・・・やっぱり効いてるじゃねえか)


 そして腕が振り下ろされ、速見の意識は闇に落ちた。












・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・


・・・










 (暗い)



 (そして寒い。)


 (ここはどこだろう?)


 ぼんやりともやの掛かったような思考で考える


 (わからない)


 (何も)


 ただ・・・とても寒かった


 意識がはっきりしない


 (俺は死んだのか?)



 ふわふわ


 ふわふわと闇に浮かんでいる意識の欠片が


 そっと消えてゆく・・・



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・






「なんだ、まだ生きてるのか」


 声が


 聞こえた気がした。









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