裏切りの騎士 2
フェアラートがゆっくりとランスを構える。その鋭い先端がハヤミの心臓に狙いを定め・・・彼は勢いよく地面を蹴った。
強靱な脚力による踏み込み。かなり重量のあるランスとフルプレートの鎧を着ているのにも関わらず、その動作はハヤミよりも機敏だ。
狙撃手であるハヤミが、前衛の戦士であるフェアラートに接近戦で勝つ事は不可能。そう判断したハヤミは、指をくわえると大きく指笛を鳴らした。
迫り来るフェアラートの横から、飛び出してくる影が一つ。ソレは大柄な暗黒騎士に体当たりを喰らわせると、なんと騎士の体を大きく吹き飛ばした。
「ァオォオオン!!」
ハヤミを守るように雄々しく立ちふさがるのは一匹の白狼。フェンリルの太郎。
「2対1で悪いね後輩君・・・まあ、奇襲してきたのはテメエらなんだから、卑怯とは言わねえよな?」
ニヒルな顔で笑うハヤミ。大してフェアラートは静かにむくりと起き上がると、低く聞き取りづらい声でボソリと呟いた。
「・・・私の名はフェアラートでは無い」
「あん? どういう事だ?」
首をかしげるハヤミに、彼は静かに首を横に振った。
「つまらぬ事を言った。私が誰であろうと、貴様の敵であることに変わりは無いのだから」
「・・・・・・まあそうだな。俺も俺でマルク達を助けなくちゃなんねえからな・・・悪いが後輩、すぐにケリをつけてやる」
ピリピリと張り詰めた空気。ハヤミが素早く無銘を構えると同時に暗黒騎士が突進して距離を詰めてくる。
迎撃に飛びかかった太郎の体を、騎士は左手に持った大盾ではじき飛ばす。その時生じた隙を見逃さず、ハヤミは無銘の引き金を引いた。
銃口から発射される光弾は、ハヤミが狙った箇所を寸分と違わず撃ち抜く。即ち、漆黒のヘルムの隙間、視界を確保するためのスリットをすり抜けた先の右目。
右目を撃ち抜かれた騎士は、大きく体勢を崩して転倒した。ヘルムの隙間からドクドクと血が流れ出ている。
「・・・見事な腕前。貴様はただあの女に改造されたからというだけではない、血の滲むような努力の果てにある確かな技術が感じられる」
騎士はそう言って立ち上がった。
ゆっくりとヘルムと脱ぐ。
そこにあったのは、先ほど撃ち抜かれた右目がジュクジュクと音を立てて再生している様子だった。
「見ろ、私のこの無様な姿を。様々な怪物の細胞が組み込まれ、最早自分が何者なのかもわからない・・・貴様のような武人とは、こんな無様な怪物としてではなく、一人の騎士として戦いたかった・・・」
悲しげにそう言った騎士は、すっかり再生した右目をぐりぐりと動かすと、回復した視力でハヤミを鋭く睨み付けた。
「我が名はフリードリヒ・パトリオット・・・かつて偉大なるアヴァール王国の将軍をつとめていた者だ」
フリードリヒのその名乗りに何の想いが込められているのか、ハヤミに知る由はない。だが、その口調があまりに柔らかく、そして視線に強い意志が込められているように感じられた。
だからハヤミはこう名乗りかえしたのだ。
「大日本帝国出身、速見一等兵だ・・・さあ、将軍さんよ。殺し合いを続けようか」




