思い違い
「・・・・・・・・・ジェミニとフェアラートの反応が消えたようね」
さらりと柔らかな紫色の長髪を風になびかせて、クレア・マグノリアはそっと呟いた。高くそびえ立つ崖の上から見下ろす地上の景色は、世界の危機など知ったことでは無いと言わんばかりに美しくどこまでも広がっている。
クレアはその美しい顔の眉間に深いシワを寄せた。
解せない。
いくら勇者が魔神の力を得ているとはいえ、全エネルギーの三分の一程度の力。魔王の一角であるジェミニとクレアが改造を施した暗黒騎士のフェアラートが勝てずとも撤退も出来ずにやられる筈はないのだが・・・。
「・・・嫌な予感がする。何かアタシの知らない出来事が起こっているようね」
遠く・・・遙か彼方を見据えるクレア。
駒が、足りない。
もし本物の魔神が蘇るとしたのなら、今の戦力だけでは圧倒的に足りないのだ。
ぶるりと体が震える。
思い出す。
思い出す。
かつて魔神と邂逅したその時の事を・・・・・・。
「・・・・・・大丈夫、だからこそ蘇らせない為に全力を尽くしているのだから」
魔神への恐怖はクレアの体に刻み込まれている。ネクロマンサーとしての力を手に入れた今でも魔神へ勝てるヴィジョンが浮かばない。
「ふん、貴様ほどの化け物でも魔神様は恐ろしいか?」
背後から聞こえる嘲るような男の声。クレアは振り返らずにその声に応えた。
「パイシス・・・魔王ともあろう方が盗み聞き? 性格が悪いわよ」
その言葉に魔王パイシスは薄く笑って木陰から光の元へ歩み出る。顔色の悪い痩せぎすの男がギラギラと瞳だけが力強く輝いていた。
「カカッ、今の私はただの残りカス・・・魔王なんて大層なものでは無いからな」
「悪いオトコ・・・まあいいわ。それで、アナタはこの状況どうみる?」
「あの二人の反応が無くなった件についてか?」
「ええ、そうよ」
パイシスは少し考えた様子を見せてから言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「・・・お前はあの二人が撤退も出来ずに勇者にやられることなどあり得ないと、そう思っているのだな? 確かに勇者が魔神の力を得たといえども三分の一程度、転移のアイテムも持っているし・・・あの二人の実力を考えれば撤退することも用意だろう。何か我々のおよび知らない第三の勢力が絡んでいると考えるのも自然だろうな」
しかしパイシスはゆっくりとクレアの正面に回り込むと、ギラギラとしたその瞳でクレアの顔を覗き込んだ。
「しかしクレア・マグノリアよ、お前は一つ思い違いをしているのかもしれない」
「・・・どういうこと?」
訝しげにそう訪ねるクレアに、パイシスは何が可笑しいのかその顔に嫌らしい笑みを貼り付けて口を開いた。
「確かに三分の一だが・・・お前は少し、魔神様の力を舐めてはいやしないか?」
◇




