駒
「・・めよ・・・・・・め・・・」
声が、聞こえる。
深い闇の奥で途切れ途切れに聞こえる誰かの声・・・。
酷く・・・眠い。
徹夜明けに柔らかな布団の中に潜り込んだ時のような抗いがたい眠気。しかし時折聞こえてくる声が彼の意識を闇に沈めてはくれない。
(・・・誰だ? 一体・・・)
安眠を妨害された事に腹を立てながら、彼はゆっくりとその瞼を開いた。開いた瞼から差し込む光がチカチカと瞬く。
上手く周囲を見ることができない。まるで”見る”という機能そのものを使う事に不慣れであるかのようだ。
ぼんやりと定まらない視界。しかし隣に誰かが居るようだとわかった。
男か女かもわからないその人物は、地面に寝転んでいる彼の顔をジッと覗き込んで再び呼びかける。
「めざ・・・フ・・・・・・・・・」
声が聞き取れない。しかしその声質から隣の人物が男であろう事がわかった。
(・・・私は何故ここにいるのだろう?)
彼は自分に問いかける。
何も、覚えてはいない。
何故こんな所で寝ているのか。
隣で自分の顔を覗き込んでいる人物は一体誰なのか。
・・・・・・そして、自分の名前ですら、わからないのだ。
しばらくしてようやく目の機能が戻ってきたようで、周囲の状況が少しずつ見えてきた。最初に隣にいる謎の人物を確認しようと横を向いて彼はギョッとする。
なぜなら自分の顔を覗き込んでいた謎の人物は奇妙な仮面を身に付けた道化服の男だったからだ。
「おやおや、ようやく意識がハッキリしましタかねェ寝ぼすけさん」
何が可笑しいのかフホホと奇妙な笑い声を上げる道化。そして困惑する彼を差し置いて道化は立ち上がると大きく両手を広げて叫んだ。
「目覚めなサいフリードリヒ・パトリオット・・・我が魂の双子よ!」
記憶もハッキリしないまま、意識も朦朧としたまま、それでも彼は立ち上がりその場で跪いた。
まるでそうすることが当たり前だとでも言うように・・・。
こうして魔王ジェミニは一つの駒を得た。
これが何を意味するのかはまだ誰にもわからない・・・。
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