秘儀2
シャンシャンとレゾの打ち鳴らす鈴の音が鳴り響く。
一瞬で空気が何か神聖なモノで浄化されるような感覚をアーテファは感じていた。この神域に誘い込まれた化け物も何か取り返しのつかない出来事が起こっていると感じているのだろう、その白濁した瞳を大きく見開いて鈴を振るレゾの姿を睨み付けた。
ガバリと化け物がその口を大きく開く。涎と何かわからぬ緑色に塗れたぬらぬらとひかる牙をむき出しにし、ソイツは喉の奥から叫声を発する。
アーテファやレゾには聞き取れぬが、確かに何かの言語だと思われるその叫びはしかし誰にも理解されずに虚空に消えてゆく。
そして化け物は大口を開けてレゾに向かって走り出した。
進む速度は速いとはいえない。
まるで足を怪我をしたモノが無理矢理走っているかのようなぎこちなさで近寄ってくるその化け物を、レゾは逃げもせずにヒタと見据えながら無言で鈴を鳴らし続けている。
化け物とレゾの距離が縮まり、今にも接触しようかという距離まで近づいたその瞬間、化け物は見えない壁にぶつかってはじき飛ばされた。
「無駄です。もう既に術は成っているのですから・・・」
シャン・・・と澄んだ音が一つ鳴った。
空気が透明度を増していく。
鈴の音を最後に世界が音を忘れてしまったかのような無音の中、レゾは鈴を持たぬ左手を化け物の方へと向ける。
立ち上がろうとする化け物はその時になって自分の体がぴくりとも動かない事に気がついた。
「”封印術 石棺”」
掛け声と供に左手を振り下ろすレゾ。神域の四方に設置されていた祝福された石碑が一斉にフワリと浮かび上がると物凄い勢いで倒れている化け物へと宙を飛ぶ。
化け物を囲むように宙で合わさった石碑はまるで死者を納める棺のように見えた。ドシンと重い音を立てて石の棺が化け物の頭上に落下する。身動きの取れない化け物は為す術もなくその棺の中に飲み込まれていった。
「・・・・・・うまくいったようですね」
額から流れ出た汗を拭いもせずにレゾはそう言うとその場にへなへなと崩れ落ちる。よほど集中力を発揮していたのだろう、普段凜とした彼女からは考えられないほどその姿は疲れ切っていた。
「レゾ・・・私たちは勝ったの?」
アーテファが恐る恐ると言ったように石棺の方を見ながらレゾの座り込んでいる場所まで歩み寄る。レゾはニコリと微笑んでその問いに答えた。
「ええ、協力ありがとうございましたアーテファ。私たちの勝利で・・・」
しかしレゾの言葉は最後まで紡がれる事は無かった。石棺の内部から壁の一部を破壊して飛び出した触手のようなモノが安心しきったレゾの背後からその腹部を貫いたのだ。
「・・・・・・え?」
呆然とした表情で口から血を吹き出して倒れるレゾ。
そして次の瞬間、石棺の壁を打ち破って内部から封印されていた筈の化け物が姿を現したのだった。




