アーテファ 9
「はぁ・・・はぁ・・・」
アーテファは激しく息を切らせてキッと目の前の敵を睨み付けた。視線の先には体中に深い傷を負いながらもピンピンしている化け物の姿。
木の幹に手をついてやっとの思いで立っているアーテファの周囲には化け物と戦って敗れた戦士達が地面に転がっている。もうこの場に立っているのは目の前の化け物とアーテファの二人だけだった。
化け物の強さは圧倒的だった。
アーテファ自身も故郷の島国では化け物と呼ばれた鬼種の女だ。そこいらの魔物や魔族になら圧倒できるほどの戦闘力を有している。
しかし目の前の正体不明の化け物は鬼種の男数名とフムルの戦士達、そしてアーテファや鬼種の女による魔法の支援をモノともせず物理的な力で全てをねじ伏せたのだ。強者として生まれた鬼種のアーテファに取って、ただの純粋な力で圧倒されたのは生まれて初めての経験であった。
「・・・アーテファ、まだ動けるか?」
そう言ってよろよろと立ち上がったのはフムル族最強の戦士ハスタ。自慢の槍は半ばから折れ、鍛え上げられた体はずたずたに切り裂かれているがその瞳はまだ死んでいない。
「ハスタ・・・ええ、まだまだ行けるわよ。勝ち目が無くても最後まで戦い抜くわ」
闘志を燃やすアーテファに、しかし戦士ハスタは首を横に振った。
「いや、お前は一度集落に戻って態勢を立て直せ。お前の魔法とシャーマンのレゾの精霊術が合わされば何か突破口が開かれるかもしれない・・・何、ここは俺が食い止めておくさ」
ハスタの表情を見ればわかった。彼はここで死ぬつもりだ。
アーテファの脳裏に彼を引き留める言葉がいくつも浮かぶがそれをグッと飲み込んだ。己の死を覚悟した戦士の覚悟にかける言葉なんてない。
そんな彼女の心の葛藤を見抜いたのだろう。ハスタはその強面をフッと崩して微笑む。
「アーテファ・・・お前はいい女だな。・・・もしこの戦いが終わって生きていられたのなら俺の子を産んではくれないか?」
「・・・ふふ、ロマンの欠片も無い口説き文句だこと。いいわ戦士ハスタ、考えて置いてあげる」
そしてアーテファはかけだした。人ならざる速度でかけていく角の生えたその後ろ姿を愛しいモノを見る目で見送った。
(まさか自分が初めて愛するのが人外の女になるとは夢にも思わなかったな)
フッと笑うとハスタはすぐに表情を引き締めて化け物に向き直る。半ばで折れた槍をピシリと構えて鋭い眼光で化け物を睨み付けた。
「さて化け物、ここから先は通行止めだぜ。通りたけりゃこのフムル族最強の戦士を殺して行きな!」
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