アーテファ
長い長い航海の末、アーテファ率いる鬼達はとある孤島にたどり着いた。元いた島から持ち出した食料や水は尽き、半ば生存を諦めた状態での到着であったので仲間達の喜びようは相当なものだった。
「アーテファ、この島には先住民がいるかも知れない。ならばこそ友好的に接するために俺たちは人の格好をして上陸したほうが良いんじゃないか?」
仲間の鬼の一人がアーテファに提案する。
原種の鬼とは違い、人の血の混じった鬼種は自由に人の姿に変わる事ができた。そして鬼達は人にとって自分たちの姿が恐ろしいモノだという事を知っていたのだ。
「そうね、できるだけ無駄な争いは避けたいし」
仲間の提案を了承したアーテファ。
そうして鬼達は人の姿に擬態して孤島に降り立った。
ギラギラと照りつける陽光。青々と茂る見たことも無いような木々。じっとりと汗ばむような湿気がこの地が見知らぬ外の世界であると教えていた。
先住民がいるにせよいないにせよ、まずは水場の確保が重要だ。長期の航海で水が尽きてしばらく立つ。いかに鬼が頑丈な種族とはいえ、水なしで生きるのには限界がある。
アーテファはどっかりと地面に腰を下ろすとヒタリと目を閉じた。鬼の一族に代々伝わる呪術の力ある文言を二言三言唱えると、もともと鋭かった聴覚がさらに研ぎ澄まされていき森の放つ様々な音を強化された耳がキャッチしていく。
ザワザワと木々が風に煽られる音。獣が草を踏み分ける音・・・そして捕らえた、サラサラと水の流れる涼しげな音だ。
「見つけたわ行きましょう」
アーテファの言葉に仲間の鬼達はホッと顔を緩めるのであった。
「あった小川だ!」
音の聞こえる方向へ真っ直ぐに進むと小さいながらに流れの絶えない小川の姿があった。水分を長く取っていなかった鬼達は諸手を上げて小川に駆け寄る。
はしゃぐ仲間の姿に微笑みながらアーテファも小川に足を運んだ。その透き通った水の流れをそっと手ですくい上げて口に含む。
甘い。
水とはこんなにも甘い物なのかと驚くほど久しぶりの水は旨かった。慌てて二回、三回と水を飲み、ふうと小さく息を吐き出した。
その時背後の茂みからガサリと何かが動く音が聞こえた
「何者だ!?」
鋭い声を上げるアーテファ。
うかつだった。小川に意識を取られていたとはいえ、この距離になるまで他者の存在に気がつかないなんて。
飛び出してくるのは恐ろしい肉食獣か、もしくは武装した原住民か。
争いは好まない。しかし黙ってやられる気は無い。アーテファは腰に差した剣の柄に手をかけて油断なく茂みを睨み付ける。
しかしソッと茂みから顔を出したのは思いがけない相手だった。
「子供・・・か?」
そう、茂みから出てきたのは見慣れない装束を身に付けた小さな女の子だったのだ。恐らくこの島の原住民の子であろうその女児はビクビクと怯えながらこちらを見上げる。
「脅かしてすまないお嬢さん。敵意は無いんだ・・・私の名前はアーテファ、君は?」
優しく問いかけるアーテファの言葉に女児は小さな声で答えた。
「・・・フィエゥ」




