フェンリル
「・・・・・・太郎?」
速見はポカンと洞窟を照らし出す白狼を見つめた。
目の前で起こっている現実が理解できない。速見が呆けている間にも太郎が発する光はどんどんと強まっている。心なしかその身体も大きく逞しくなっているような気すらした。
「グルォオァアア!!」
太郎から発された光に当てられた漆黒の巨人がうめき声をあげて太郎に襲いかかる。
巨大な腕が乱暴に振り回されるがすでにその時には太郎の姿は無い。疾風のごとく地を駆けた太郎はその鋭い牙を剥き出して巨人の右足にかみついた。
足に牙を食い込ませた太郎はそのまま頭を大きく左右に振る。凄まじい頑丈さを誇る巨人の右足は太郎の桁外れの顎の力によって根元からちぎられた。
バランスを崩してその場に転倒する巨人。その振動が速見の元まで伝わってくる。
太郎は加えた巨人の肉片を上手そうに噛み、飲み込んだ。
ドクンッ!
太郎の心臓が大きく高鳴る。
まるで強者の肉を喰らう事でその力を我が身に取り込んだように身体の底からエネルギーが湧き出てくる。
「ァオォオオオン!!」
太郎が大きく遠吠えをする。
たった一口分の強者の肉。
ただそれだけで太郎の肉体は大きく変化を始めた。
その美しい白銀の毛並みはより艶やかに、分厚い肌に下に存在するしなやかな筋肉は隆起して強靱に作り替えられる。
変化を終えたその身体は明らかに以前の二回りほど大きくなっていた。
カッと目を見開いた太郎は残像が残るほどのスピードで駆けると倒れた巨人の腹部に体当たりを仕掛けた。
先ほどより大きくなったとはいえ太郎と巨人の間には埋められない明らかな体格差がある。しかし太郎の驚くべき膂力は巨人の身体をふわりと浮かせ、そのまま岩で埋もれた洞窟の入り口に巨体を叩きつける。
ガラガラと崩れる岩壁と洞窟内にサッと差し込んだ陽光。
倒れた巨人はドロドロとその身体が崩れていき、やがては黒色の液体へと変わった。
「アォオオオオン!!」
太郎の遠吠えが響き渡る。
それは勝利の雄叫びであり、新たなる力の覚醒の産声であった。
◇
「フェンリルってのはやっかいな特性を持っていてね」
クレアは紅茶を啜りながら話を続ける。
「強者を喰らえば喰らうほど無限に強くなる事ができる。もともとの強さはそれほどでも無いんだよ? 精々こちらの世界でいうA~Sランクの魔物程度かな? ただフェンリルは強くなる事に際限が無い・・・喰らえば喰らうほど強くなるから長く生きたフェンリルはいずれ神をも超える存在になるのさ」
無言で話を聞いていたパイシスはクレアの言葉をじっくりと吟味してぽつりと呟く。
「先ほどから聞いていれば・・・お前はこの世界という言葉をよく使う・・・まるで別の世界を知っているかのようだ」
そして紅茶を一口飲むと真剣な顔で問いかけた。
「クレア・マグノリア。お前はもしかしてあの勇者や速見殿と同じように別の世界から来た存在ではないのか?」
パイシスの言葉にクレアは無言で微笑むのだった。
◇




