理不尽な怒り
ソレは全身を襲うかつて経験したこと無いほどの痛みに悶えながらもズリズリと足を引きずるようにして自身の住処へと向かう。
誤算だった。
闇に乗じて獲物を殺すのはソレの最も得意とする行動だ。
今までどんな気配に敏感な野性動物にも襲撃を悟られた事は無かったし、自分の気配を読める生物がいるなんて考えた事がなかった。
気配を殺すことに長けたハンターの大抵がそうであるように、ソレも直接的な戦闘能力はそこまで高くは無い。
・・・あくまでも ”直接的な戦闘能力” に限った話なのだが。
住処にたどり着いたそれは息を切らしながら苛立ちを込めて地面を殴りつける。
脳裏に過ぎるのは自分の存在を察知した白狼と自分に重傷を与えた人間のオスの姿・・・・・・。
許さない
許さない
テリトリーに侵入しただけで無く自らに傷を負わせた愚か者共。
ああ、それは全身に憎しみを滾らせて抉れた肩の傷口にグリグリと右手を押しつけた。べっとりと血のついた右手を地面に置き、何やら己の血で不思議な文様を描いていく。
「ギシャァアアア!!」
小さな身体からどうしてそんなにも大きな声が出せるのか不思議なほどの大声。
大気をビリビリと振るわせるそのヒステリックな甲高い叫びに呼応するかのように地面に刻んだ血の文様が薄らと赤色に発光する。
木の虚に風が吹き込んだ時のような音が鳴り響く。
そして赤色に輝く不思議な文様から何かが現れた。
ぬるぬるとしみ出してくるは夜の闇よりも深い黒色をした液体。それはだんだんと濃度を増していき液体から固体へと変わる。
それは手だった。
ゆっくりと形作られた黒の手はがっしりと地面を掴むと力を込めて自分の身体を引き上げていく。
徐々に姿を現したその存在は、その巨大な身体の表面から絶えず黒の液体が流れ出ており、その姿を正確に認識する事が出来ない。
咆哮
召還主の甲高い叫びと合わせるように黒色の巨人もその大口をカパリと開いて野太い叫び声をあげる。
身勝手なその恨みは闇より深く炎より激しい。
侵入者は
許さない。
◇
遙か遠くから放たれた夜の闇を振るわせる殺気。
速見は気がついていた。
洞窟の壁に寄りかかって座り、身体の側には無銘が立てかけられている。
左目はヒタリと閉じてまるで眠っているように穏やかだが、魔王サジタリウスの右目はいっぱいに見開かれ、薄く発光する赤い光が闇に光っていた。
隣で座っていた太郎も放たれた殺気の方角を向いて低くうなり声を上げる。
そんな相棒の顎を優しくコショコショとくすぐり、大丈夫だと優しく笑いかけた。
大丈夫。
敵もまだ動かないだろう。
静かな闘志を身体の内に秘め、速見は夜が過ぎるのをじっと待つ。
魔王の右目だけが絶え間なく周囲を観察していた。
決戦は
明日。
◇




