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旅の始まり

「・・・ハヤミ。残念だけどアナタをこれ以上俺たちのパーティーに置くことはできない」 

 ハヤミと呼ばれた男は、自分にそう告げた親と子ほども歳の離れた少年の顔をまじまじと見つめた。


 本人も悪いことを言っているという自覚はあるのだろう。だが、その瞳には何かを決意した者の光が宿っていた。


「ハヤミには感謝している。俺たちが右も左もわからない新人だったころ声をかけてくれた・・・サバイバルの仕方も一から丁寧に教えてくれたのはアナタだ・・・でも・・・」


「いい、マルク。そこから先は私が言うわ」


 少年を手で制したのはこれまた若い魔法使いの格好をした少女。その勝ち気そうな顔を精一杯引き締めてこちらを睨み付ける。


「はっきりいいますハヤミ。アナタはもう足手まといなの。私たちにはSランク冒険者になるって夢がある。・・・いつまでも魔法も使えない中年男をパーティーにはおいておけないのよ」


 きつい言葉だ。


 だがハヤミと呼ばれた中年男には、この少女が優しい子だと知っている。こんな役立たずの自分を父親のように慕っていたマルク・・・彼の代わりにきつい言葉を使う事で、自分が憎まれ役になろうとしているのだろう。


「・・・ああ、わかっている。俺に君たちの夢を邪魔する事はできないだろう。ほら、マルク、そんな悲しそうな顔をするな。Sランク冒険者になるんだろう? それから心配するなシャルロッテ。俺は君たちを恨んだりはしない」


 そして二人に背を向けるハヤミ。そのまま部屋のドアを押し開けて出て行こうとする。


「っ!! ハヤミ!!」


 その哀愁漂う背中に何か感じるものがあったのか、マルクはハヤミの名を叫んだ。


「俺たち・・・絶対強くなるから・・・必ず、有名になるから!」


 その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃに濡れていた。


 ハヤミは振り返らず、片手を上げてその言葉に応えるとそのまま立ち去っていった。


 孤児だったマルク。何もわからなかったマルクに冒険者のいろはを教えてくれたハヤミのことが、マルクは本当に大好きだった。


 シャルロッテが優しくその肩に手を置く。


「マルク、私たちはSランクの冒険者になるんでしょ?」


 マルクは流れゆく涙を拭いながら、仲間のその手を強く握りしめるのであった。










「さて、そろそろかな」


 パーティを追放されたハヤミは自宅へと足を運んだ。慣れ親しんだボロ屋のドアを開けると、床の一部を引っぺがし、隠していた収納スペースから古ぼけたトランクケースを取り出した。


 厚く積もったほこりを払い、そのトランクを開ける。


 中に入っていたのはボロボロになった軍刀、軍帽と軍服。そして一丁のライフルであった。 


”30年式歩兵銃”


 それは日露戦争にて日本兵が一般的に装備していたライフル銃。剣と魔法の支配するこの世界に似合わぬそれをハヤミは取り出した。


 速見純一はやみ じゅんいち一等兵


 彼は今から20年前、鉛玉の駆け巡る戦場で気を失い気がつくとこの世界に渡っていた元軍人である。


 いきなり剣と魔法のファンタジー世界に放り出され、言葉も通じず。しかし彼は魔法なんて使えない一般人のまま、持ち前のサバイバル技術で今日まで生き残った。


「行きずりのガキ二人のおもりなんてしてたが、もうそろそろ潮時だろう」


 そう、彼には目的があった。


「日本に帰るなんて高望みはしねえよ。だが、死ぬ前に米が食いてえ」


 それは10年ほど前、旅人から聞いた話だ。


 この世界にも米に似た穀物がある。それは遠い東の地、そこの住人は日常的に米に似た穀物を食べているらしい。


 速見はボロボロの軍帽をかぶり、気合いを入れた。懐かしい日本の香りがするようだ。


 20年の年月を経て中年の異世界転移者は、やっと重い腰を上げ冒険を始めるのであった。




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