13.
「ゆい、大丈夫?」
佳澄が話しかけてきた。保健室のベッドに寝ていることに気が付く。
「教室で話してたらいきなり倒れちゃったんだよ。大丈夫?」
段々と意識がはっきりとしてきて僕は答える。
「うん、ごめん佳澄。大丈夫だよ」
彼女が驚いたような表情になる。
「白鳥さんじゃなくて佳澄って呼んでくれた……」
小さな呟きは僕にはよく聞き取れなかった。
「今何か言った?」
「ううん、何でも無いよ」
彼女の嬉しそうな顔は僕に心地よさを与えてくれる。
潮の匂いが風に押され運ばれてきて、僕の鼻孔を刺激する。前方に遼と佳澄が二人並んで歩いていて、その後ろを遅れないように僕は歩く。久しぶりの海だ。以前海を見たのはいつ頃だっただろうか。真っ青な空と真っ青な海につい見入ってしまう。
二人は水着に着替えて泳ぎに行ってしまった。僕は休憩所――海の家という名前だっただろうか――で軽食をとりながら海を眺める。
あれは確か中学3年の夏だった。白いワンピースに麦藁帽子を被った少女が古びた石橋の上から海を眺めている。真っ青な海、そして真っ青な空。海と空は遥か遠くで混じり合い一つになる。
「ここから飛び降りるの」
佳澄が言った。
「僕はやめておくよ」
彼女は僕の顔を見つめそして口角を上げる。
「怖いの?」
「べ、別にそんなことないし」
嘘だ。僕は高いところは大の苦手だし、ましてや飛び降りるなんて。
「死にはしないよ」
佳澄が続ける
「ここから飛び降りることで、生きてるってことを実感できると思うんだ。私このままだと」
「このままだと?」
「このままだと……そう、このままだと生きてるか死んでるのか分からなくなってナメクジになっちゃう」
「なにそれ」
つい笑ってしまう。
佳澄が僕を抱きしめてくる。僕も彼女の体に手を回し、抱きしめ返す。そして僕らはそのまま落ちて海に飲み込まれていった。
「中学生の頃のこと覚えてる?」
泳ぐのに疲れたのか佳澄と遼が僕のところに戻ってきた。遼が売店に向かうのを見守りながら佳澄に尋ねると彼女は少し驚きながら答える。
「思い出してくれてたんだ。私が転入してきたとき、完全に忘れてたのに」
そうだったかなと頭を巡らす。確かに彼女が来た時、僕は彼女のことを初対面の人物だと認識していたような気がする。中学生の頃の記憶と一致したのはいつだっただろうか。いや、そもそも僕は中学校の思い出がすっかり頭から抜け落ちてしまっていたような。この記憶が蘇ったのは……
「3年の秋に二人で自殺しようって計画立ててさ」
「結局失敗しちゃったけど」
そんなことあっただろうか。