西郷サァ#2
半次郎の家を飛びだした景長は、西郷の家がある鹿児島城下に向かって走り出していた。
(そげんやつ、穴に落としてやる)
「穴に落ちたところに跳びかかってやらい!」
と、もう喧嘩する気でいる。
景長にとって城下士はもはや獣なのである。
敵以外の何者でもない。
その獣に、大好きな半次郎が誑かされているのが、
とてもとてもやりきれない。
景長は、西郷の家の前に落とし穴を掘って、帰りを待った。
するとしばらくして、大きな顔と大きな目をもった男が巨体を揺らして、
ゆったゆったと歩いてきた。
(あいつじゃ、半次郎さぁの言ったとおり何もかも大きいわい)
その大きな男が、ゆっくり、一歩、また一歩と近づいてくる。
景長は、息を飲んだ。
ところが、西郷は落とし穴の手前で立ち止まってしまった。そして、
「こげんイタズラする奴は誰じゃ」と言った。
どうやら西郷は、土の色が変わったているのをみてすぐに分かったらしい。
が、不思議と顔が笑っている。どころか、嬉しそうにも見える。
もともと西郷自信、子供のようなところがあって、こういったイタズラ好きなのだ。
「よう作ったなぁ、大変じゃったろ」
と顔の見えない相手に嬉しそうに話かけている。
すると塀の後ろから、子供の声が聞こえてきた。
「それは罠じゃなか。いいから通りゃい!」
もう景長からすればヤケクソだった。
落とし穴があると分かっていて通る馬鹿はいないだろう。子供でもわかる。
ところが、その声を聞いた西郷は、
「じゃあ通りもそ、通りもそ」
と言って自ら罠にかかってしまったのである。
あっ!と声を発したの景長の方だった。
穴に近づいて西郷の顔を覗き見ると、
「おー、おはんが作ったもんごわんすか。ようこげん深く堀りもしたなぁ」
と感心するように言った。
景長は、声を絞るようにして、何故通ったのですか、と聞いてみた。
どうやら西郷は、落とし穴を軽く飛び越えようとしたらしい。
「しかしこの体がまた難儀でごわんしてなぁ」
と言って、恥ずかしそうに自分の大きな体を指差すと、
西郷は声をあげて笑い出した。
景長はすでに、この場から逃げ出したくなるほど、
西郷のことを好きになってしまっている。