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西郷サァ

吉野実方に少し変わった泣き方をする子供がいる。

猛禽類のような鋭い目の中に、涙をため、それを流すまいと歯を食いしばる。

朱色に染め上がったその目は、不思議と男心をくすぐる愛嬌があった。

村では、―なっかぶっ(泣き虫)景長―と呼ばれた。

この物語の主人公、別府晋介である。

後に戊辰戦争では分隊長として、西南戦争には連合大隊長として幕末の風雲を疾走していく。

が、この時はまだ子供である。


景長は、泣くと決まって従兄弟である半次郎の所に行く。

「おー景さぁ、どげんしちょっとよ」

優しく声をかけて、頭を撫でてくれる。

この九つ上の従兄弟は後、人斬り半次郎、と呼ばれ京の武士達を震撼させるのだが。。

ひどく優しい。

景長は涙を堪えながら南の方角を指差した。

どうやら城下士に何かされたらしい。

「あいつら、いみしじゃ(意地悪)」

涙を溜めてるくせにやたら目が鋭い。

ちなみに薩摩では、城下士と郷士との間には、画然と一線が引かれており、

景長や半次郎など吉野郷に住む郷士達は、城下士から露骨に差別をうけた。

差別、というより人間扱いされなかったらしい。

半次郎はいかにもにがりきった表情で、

「城下士も悪い人ばっかりじゃなか。西郷さぁ(せごさぁ)のような人もおるんじゃ」

と言った。

「うそじゃ。そんなはずなか」

あいかわらず目が鋭い。


1つの情景がある。

それは半次郎が、初めて西郷隆盛に会った時の情景である。

西郷隆盛は若者衆にひどく慕われていた。

どんな人だろう、興味本位で、あいさつだけ、と西郷の家に会いに行った。

鹿児島城下加治屋町の家を訪れたのは蒸し暑い夏の日だった。

玄関先で「吉野実方の中村半次郎にございもす」と頭を下げると、

西郷もペコリと頭を下げ、

「おいは西郷吉之介にございもす。ようおじゃしたな。あがんなはれ」

と笑顔で言った。

半次郎は仰天した、城下士から座敷にあがれなどと、初めて言われたのである。

あいさつに来ただけです、と遠慮すると、西郷は、

「よか、よか、とにかくあがんなはれ」

と半次郎の腕を取った。

座敷に上がり、半次郎は持ってきた手みやげを差し出した。

西郷は、頭を下げ、丁重に礼を言い、弟の小兵衛にそれを渡した。

小兵衛が包みをひらいてみると、出てきたのは三個のサツマイモだった。

半次郎は恥じた。貧しくてこれしかなかったとはいえ…

赤くなった顔を隠すようにしてうつむいた。

幼い小兵衛は(みやげがサツマイモとは)と可笑しくなり、声を立てて笑った。

そのとたん、西郷は大きな目を見開いて、

「小兵衛、何ばおかしかっ!!」

と大喝した。別人のような顔である。

再度、何ばおかしか、と叱り付けると小兵衛はうな垂れたように下を向いてしまった。

―このイモは半次郎どんが額に汗して作ったものだろう。自分の食べる分を削って持ってきてくれたその志に、おいは感謝している。大切なのは込められた気持ちであり、イモ3本だからといって笑うのは不心得も甚だしい―

と、西郷は諄々と説いた。顔はもとの優しい顔に戻っている。

小兵衛は、「ごめんなったもし」と両手をついて謝った。

夢のような出来事だった。

半次郎はしばらく茫然とし、涙が流れそうになるのを必死で堪えた。

帰り道、

(西郷さぁのためなら命はいらん、おいは西郷さぁのために死んでやるぞ)

と、空を睨みながら、誓った。

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