桜島
(得体が知れぬ)
茫然とそう思ったのは、幕府御庭番、いわば隠密の野村帰元である。
先刻、薩摩隼人どもが、獣の如く、死体を噛み千切る様が頭から離れない。
役人で江戸育ちの野村には信じられない情景だった。
肝を食べる風習は江戸にもある。あるが、奪い合うとは。。
野村は怒りにも似た感情の赴くまま、
目の前の風景を睨み付けた。
目の前には、威風堂々と桜島の景観が広がっている。
豪快で威圧的で、この火山列島の中でも最も活動の激しい活火山で、
内に秘めた熱がいつ爆発するやも知れぬ危うさを秘めている。
−まるで−
薩摩隼人のようだ、と思った。
そのサツマハヤトには侮蔑と畏怖の感情がこもっている。
が、釈然としないのは、この桜島、
時に優しい顔を覗かせるからである。
静か、なのだ。常に活動している活火山、にもかかわらず、音があまり届かない。
静かに黙々と舞い上がるこの黒灰は、やがて人間の陰の部分をも
覆い包んでくれそうな優しさがある。
圧倒されながら、
野村はひえもんとりの最後の情景を思い出していた。
肝を老婆に渡す若武者。
涙を流しながら感謝する老婆、笑顔を見せる若武者。
「あいがとごわす」⇔「よかよか」
桜島というのはなんと不思議な島か。
危険な活火山と知りつつも、そびえる御岳を見ていると、
もっともっと近づいてみたいという衝動にかられてしまう。
本当に「得体が知れぬ」
野村は、桜島を細い目で眺めつつ、
今度は笑顔でつぶやいた。