情景
介錯人が罪人の左後方で日本刀を構える。
静寂、緊張、そして興奮…
野次、罵声はピタリと止み、南方に聳える桜島も息を殺している。
「きぇーあ!!」
薩摩武士特有の叫び声、猿叫が静寂を破る。
と同時に罪人の首が白縁畳に転がった。
転がった、それが合図だ。
「ひえもんとりじゃ!それ、勝負じゃ!!」
横一列に並んでいた若武者達が、一斉に屍目掛けて走り出す。
目指すは、肝。
われ先にと猛獣の如く齧り付く。
−それ皆がんばれ−
周りで見ている大人たちからそんな声が飛んでいた。
−いわばこれは(教育)なのだ。
薩摩藩は、武を重んじてきた。
文が無くても決して恥ではないのである。
俊敏で勇敢な薩摩武士たちは、このひえもんとりで教育された、
と言えなくもない。
「肝じゃ!おいが取りもした!!」
一人の若武者が立ち上がり、高々と腕を突き上げた。
その手にはしっかりと肝が握られている。
しかし、まだひえもんとりは終わりではない。
「誰か身内で病気の奴はおらんか!?この肝を持って帰って食べさせてあげんしゃい!」
人の肝は古来、万能薬とされてきた。
売れる、のである。が、売らずに皆あっさりとあげてしまう。
−弱者に対する優しい心−その武士の美徳を表現して、
このひえもんとりは終わるのである。