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氷の魔女と炎の悪魔

作者: 久保田千景

【魔女は悪魔と旅をする】


「イヴェール」

「はい」

「この道は合っているのか?」

「合ってますよ――多分」

「――今日はどこへ行く予定だ?」

「サラバス」

「サラバスって港町だな?」

「うん」

「今日出発したエルドも港町だったな?」

「うん」

「さっきまで海沿いの道を歩いていたな?」

「――うん」

「では聞くが、今、海は見えるか?」

「見えなくなっちゃった」

「――ここは海沿いの道か?」

「どっちかっていうと山道かなぁ」

「ここはどこだ?」

「どこかへ繋がる道ですよ」

「愚か者がっ! それで毎回迷子になっているのはどこのどいつだ!」

「おかしいなぁ。ちゃんと地図通りに歩いているのに」

「おかしいのはその地図か? それともお前の頭か?」

「あはは、アヴァナスは面白いねぇ」

「笑う所じゃない。だから俺が人の姿になって――ってこの話になると露骨に嫌な顔をするな、お前は」

「だって人になったら温かくないんだもん。あー、ランタン温かい」

「いつもカイロ扱いするなっ! 気安く抱きつくんじゃない!」

「このランタン、居心地はどう?」

「――悪くはない。お前がもう少し大事に持ち歩けば良い」

「良かった」

「――ふん」




【悪魔は願いを待っている】


「そろそろ願いを言ったらどうだ?」

「悪魔なのに律儀だよね」

「なのに、じゃない。悪魔だからだ」

「どういう事?」

「悪魔は己のためには力を使えない。願いを叶えるという契約を交わして初めて力を使うことができる。対価として死後の魂を貰うがな」

「私の魂も?」

「お前は命の恩人だから特別に魂は貰わずに叶えてやろうと言っただろう」

「ずっと思っていたんだけど、アヴァナスって悪魔っぽくないよね」

「何だと?」

「恩人とか気にしないで魂を取っちゃえば良かったのに」

「――」

「もしかして、今気付いた?」

「――俺の矜持に反するのでな」

「ふふ、そういう事にしておこうか。まだ魔力は戻ってないでしょう?」

「――まだだ」

「じゃあ回復するまでは願いはお預け。ランタンの中で炎のまま、のんびりしていてよ」

「勿体ぶりおって。くだらん願いなら承知しないぞ」

「はいはい」

「返事は一回!」

「はーい」

「全く――お前といると調子が狂う」




【魔女は過去を気にしない】


「いつも宿帳に二十歳と書いているがお前はいつ年を取るんだ?」

「覗くなんてエッチだなぁ」

「ば、馬鹿者っ! お前が記帳するときいつもカウンターの上に乗せるから見えるだけだ!」

「誕生日もあやふやだし多分二十歳くらいだと思うから、つい面倒で」

「何だ、その理由は?」

「寒い冬の日に施設の前に置き去りにされていたからはっきり分からないんだよね。身体つきから大体二歳くらいだろうって。言葉も話せなかったから、イヴェールっていう名前も年齢も施設の人が付けてくれたんだ」

「だから、イヴェール()なのか」

「しばらくして私の体温が異常に低い事に気付いて、調べたら魔法使いだって分かった。私に直に触ると凍傷みたいになっちゃうから隔離されちゃったけど、売られることもなかったし本当に良くして貰った。十五歳になって施設を出てからは魔法使い狩りにあったり人攫いに捕まったり奴隷市場に出されたりとちょっと大変だったけどね」

「――お前があまり動じない理由が分かった気がする」

「ずっと独りだったけど今はアヴァナスがいてくれるし、すごく幸せなんだよね」

「ふん。おめでたいヤツめ」

「アヴァナスといっしょに寝ると温かいから寝付きが良くなったんだよ。それまでは自分の魔力で凍死しかけたこともあったし」

「ランタンを抱いて寝るなんて普通はしない。人の姿なら違和感なく温めてやれるが?」

「それはいい」

「悩むふりもしないんだな――お前くらいだぞ、あの姿を嫌がる人間は」

「嫌がっている訳じゃないんだけど、誰かに触る事も触れられる事も慣れてないし、怖くて」

「忘れているかもしれないが俺は炎の悪魔だ。貴様如きに触られたくらいで脆弱な人間のように凍傷にはならないし、弱らない」

「でもまだ完全じゃないでしょ? 見つけた時なんか雨粒一つで消えそうな種火だったよ」

「くっ――まだそれを言うんだな」

「このランタンに入っていればアヴァナスの魔力は回復するし、私も気兼ねなく触れるしどっちもお得だよね」

「――俺が触れない」

「うん? 何か言った?」

「気にするな。虚しい独り言だ」




【魔女は悪魔より冷酷】


「うわぁ! て、手が――動かねぇ! 凍っちまった!」

「だから氷の魔女には触るなって言っただろ!」

「こ、こっちはひ、火が――わあああああぁ」

「どうした?!」

「あ、悪魔か?」

「知る必要はない。お前等はここで灰になるのだからな」


「アヴァナス、大丈夫?」

「雑作もない。お前は無事か?」

「うん」

「願いを叶える前に死なれたのでは悪魔として立つ瀬がないからな」

「ありがとう。はい、じゃあランタンの中に戻って」

「――せっかくこの姿になったのに背伸びもさせてくれないとは。可愛い顔して容赦ない」




【魔女の願いはさよならの後で】


「お願いの事だけど――いいかな?」

「ようやくだな」

「私が死んだらどこかの森の奥に埋めて。墓標は要らないから」


 魔法使いは総じて短命だ。人間が持たない魔力を有する故に命が削られ、三十年も生きていられれば奇跡と言われる。

 彼女は、自分の寿命がもう長くない事を知っている。


「――それでいいのか?」

 ランタンの中の、炎のアヴァナスは震えるようにゆらゆら揺れだした。

「お前が願えばその厄介な魔力を消すこともできる! 不死にだってしてやれるんだぞ!」

 イヴェールはその感情に気付かない振りをして言葉を続けた。

「魔法使いの身体って死体でも利用価値があるんだって。野ざらしも嫌だけど、知らないオッサンにいじくりまわされた挙げ句、バラバラにされて悪用されたらと想像するだけでゾッとする」


 魔法使いは見た目や魔力故に他者から恐れられ、疎まれ、蔑まれる。魔法使い狩りに遭えば奴隷として自由や命を奪われ、研究と称して弄ばれ、髪の一本や血の一滴まで材料として扱われる。

 いつもと同じく表情一つ変えないイヴェールだが、アヴァナスは「いじくってバラバラにするのがなぜオッサン限定なんだ」といつものように突っ込む余裕はなかった。


「だから死んだ後の事がずっと気になっていてね。もし引き受けてくれるなら本当に助かるんだけど」

「そんな事、願わなくても――」

「もしアヴァナスが私の魂でも身体でも使いたいって言うなら、好きにしていいよ」

 イヴェールの青みがかった白髪と薄青色の瞳に、紅蓮の炎の光が反射している。

「誰が貴様なんぞ使うか」

 吐き捨てるようにようやく言葉を発したアヴァナスに、イヴェールはそう言うと分かっていたように微笑んだ。



「骨の一片も残らぬよう、灰にしてやろうか?」

「やっぱりそっちの方が良いのかなぁ」

「ただ俺の炎で燃やすと魂まで消滅するぞ。その後は無間の地獄で悶え苦しむが」

「遠慮いたします」

「ふむ、仕方ないな」

「結局死んでも冷たい土の中か。でも静かで穏やかなら悪くないかな」

「熱くてうるさくて、ゆっくり眠っていられないようにしてやろう」

「あはは、程良くお願いします」





 とある深い森のそのずっと奥に、冬でも雪が積もらず常に春のような暖かさに包まれている不思議な場所がある。色鮮やかな花が一年中咲き誇る小さな石の周りは迷い込んだ旅人や動物たちが集まり憩いの場となっていた。いつもは賑やかだが、誰もいない静かな夜には美しい男性が石に寄り添う姿が見られるという。



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