第三ギア
『朝だよ! 朝だよ! さっさと起きねえとぶっ殺すぞ!』
「……あぁー」
気だるい声を発しながら枕元に置いている目覚ましを探すが中々見つからない。
もう面倒になったのでダランと腕をベッドの外へ垂らした時、固いものにあたり、何気なくそれを掴んでみると目覚ましの音声が大きくなった。
ボタンを押すことで目覚ましを止める。
「くあぁぁぁ~。今日も一日頑張…………」
体を伸ばしながらベッドから起き上がった瞬間、視界に映ったとあるものを見て全ての機能が停止したかのように俺の動きが止まった。
まだ寝惚けているのかと思い、目を擦ってもう一度見てみるが確かにそれは俺の目の前にフワフワと浮遊している。
白く淡い輝きを放っているそれを非常に分かりやすく言い表すのであればまさにこの言葉がバッチリ似合うだろう。
―――人魂
「うわぁぁうぉ!?」
驚きのあまり後ろに下がった瞬間、そのままベッドから転げ落ち、後頭部を強打しつつも人魂から離れるように部屋の扉に張り付く。
な、なんだここに人魂がいるんだよ! しかも一つや二つっていうレベルじゃない! なんで俺の部屋中に人魂がいるんだぁぁぁぁ!
「どうしたの!? いきなり叫び声が聞こえたけど何かあった!?」
「か、か、か、か、母さん! ひ、ひ、ひ、人魂!」
「人魂? そんなのどこにもいないじゃない。あんたベッドから落ちた時に頭でもぶつけてきたの? さっさと準備して学校行きな」
そう言うと母さんはそそくさと部屋から出て一階のリビングへと戻る。
「そ、そうだよな……きっと何かの間違いだ。うん」
そう結論付け、クルっと振り返ると目の鼻の先に人魂がフワフワと浮遊しており、自分でも分かるくらいに汗がドバっと噴出してくる。
噴き出してくる汗を拭いながらも必死にこれは夢だ、これは夢だと目を閉じながら自分に言い聞かせ、カッ! と両目を勢いよく開けるがそこには変わらぬ人魂の姿がある。
「どっか行け!」
手で追い払おうとするが人魂は意思があるかのように俺が振るう手を華麗に避け、俺の目の前に滞空し続ける。
なんなんだよ! いったい俺の目の前で何が起きてるんだよ!
「いったい何がどうなってんだぁぁぁ!」
―――――☆――――
あり得ないものと遭遇し、眠気もあり得ないくらいに吹き飛び、この時間帯としては異常なくらいに働いている頭で今も俺の周囲にフワフワと浮かんでいる人魂について考えながら学校へと向かう。
確かに一時期、臨死体験を経験した俺には何か特別なものが見えるのではないかという事で両親が色々と試したが結局は何も見えないという結論に至ったし、俺自身もこれまでになにも見たことはない。
幽霊もそうだ。
そう言った類のことは一切見たことがないにもかかわらず、今日からはい、見えるようになりました! なんてことあり得るか?
突然耳が聞こえるようになるわけじゃあるまいし。そんな特殊能力みたいなものがパッと使えるようになるはずがない。
「……こんな大量の人魂がウヨウヨしていたんだな」
空を見上げるとまるで鳥の群れの様にも見える大量の人魂があっちへ行ったりこっちへ行ったりとまるで風に流されている風船のような動きをしながら空に浮かんでいる。
いつも暮らしていてすでに全部知っていたかのように思っていたけど実はこんな身近に俺の知らないことがあったんだ。
なんかある意味、感動する。
「おっす! 優斗!」
後ろを振り返れば髪を茶色に染めている学校でも人気のイケメンの友人その一である間次郎がいた。
こいつのモテモテっぷりは他校の奴らでも嫉妬するほどの物。
例えば歩いているだけで女の子に話しかけられ、食事を誘われるのはもちろんのこと、メールアドレスを聞かれ、SNSのIDを教えてくれと言われ、さらには今から私の家に来ないかと言われ、挙句の果てには小さな女の子にまで『将来、お嫁さんになりたい』とまで言われるほどだ。
こいつの伝説はまだ続く。
若い教師、年老いた教師関係なく女性教員からは執拗なまでのボディータッチを受け、さらに授業中、あてられて答えを間違っても怒られもしない。挙句の果てにはお弁当を作ってもらうという始末。
流石に奢らせたりなどはしていないらしいけどこいつは男子の敵であり、目の敵にしている人物であるが俺達は分かっているのだ。
こいつはイケメンであるという事を。
なんせこいつは某芸能事務所にスカウトされるくらいのイケメン。男子・女子問わずにこいつがイケメンなのは全員が理解している。
「よう、男の敵。今日もどうせ女の人に声かけられたんだろ?」
「おう。今日に至ってはホテルに連れてかれかけたぞ」
「……マジで死ねよ。死ね、死ね、マジで死ね」
「まあそう言うなって。ほら、この子なんかどう? お前の好みの茶髪ツインテールかつ貧乳少女だぜ? 見つけるの苦労したんだ」
「はっ。どうせ貧乳という名の普通の大きさの胸なんだろ。見ねえよ」
世の男性どもは皆、一様に口を揃えて胸は大きい方が好きだとほざいているがそんなものはバカの極みであり、アホ丸だしだ。
女性の魅力は胸というのは認めよう。
だが! その魅力が最も輝くのは巨乳や普通の大きさなどではなく、貧乳こそが魅力が最大限に輝くのだ! 巨乳などというものは邪道中の邪道! キングオブ邪道なんだ! ドレスを着た際にザックリと胸元が開いた服を着ることが多い胸の大きな女優などを見てそう結論付けた。
キングオブキング、王の中の王と言えるのは茶髪でツインテールかつ貧乳少女なのだよ! 俺は昔、貧乳の映画女優のドレス姿を見てから貧乳に憑りつかれたように好きになってしまった。
それ以来、俺のこの身の胸の大きさは貧乳になった。
どうせこいつが持ってきたこの写真も俺が貧乳とは認めない大きさのお胸の子……ほあぁぁぁぁぁ!?
「あ、俺のスマホ」
「バ、バカな」
俺は次郎がスマホに表示していた女の子の写真を見て衝撃が走るとともにあまりの衝撃の大きさに許容量を超え、視界がちかちかと点滅し、全身に鳥肌が立ち、呼吸がしづらくなり、額から脂汗が出て体が震えはじめる。
まさに俺の好みドストライクの女の子がそこには映っていた。
「そんなバカなぁぁぁぁぁぁぁ!」
「お、始まった。優斗のストライク・クライシス」
「あ、あり得ない! あり得ない! こ、これは彫刻か!? それともマネキンか!? 答えろ! 正直に答えろ!」
「教えてやろう……本物の人間だ」
直後、俺の脳天を雷が貫通し、全身に凄まじい衝撃を与えるとともに俺の寿命を吸収していく。その証拠に今、俺の心臓はドクドク! と今までにないくらいの速度と強さで鼓動を打っている!
これぞまさにストライク・クライシスを超えたクライシス! 言うならば神の黄昏ならぬ好みの黄昏・ストライク・ラグナロク! 三カ月に一度程度で起きていた超災害ともいえるストライク・クライシスがこんな……こんなことで起きるなんて!
茶髪と言っても二種類の茶髪が存在する。
一つはもともと黒い髪だった子が染髪を行う事で無理やり茶色に染めるパターン。
このパターンは確かに最初の方は綺麗な茶髪だが日にちが立って来ると神が伸びてくる影響で頭の先の方に黒が生まれてくる。
いわゆるプリンヘッドになってしまう。
もう一つはもともとの髪色が黒色ではなく茶髪である天然の茶髪。
俺はこれをブラウン少女と呼んでいる。
このブラウン少女、中々日本人では見受けられず、多くは前者のパターンの茶髪の女の子が多い。
事実、俺の学校は女子の比率がクソみたいに高いがどいつもこいつもブラウン少女ではなく、前者の染茶髪なのだ。
だがこの写真の子は明らかにどう見ても後者のブラウン少女、しかも完璧なる茶色い髪の色をしている。
さらに胸元に目を向けるとそこには男かと突っ込みたくなるほどの真っ平らなお胸。
「す、素晴らしい! いったいどこでこの写真を!?」
「いや、なんか分かんねえけどスマホに入ってたんだよ。ちょうどお前の好きそうな背格好だったから消さずに置いといたけど」
「会いたい」
「は?」
「会いたい! 是非ともお会いしたい! なあこの子の連絡先とか分かんねえの!?」
「知らねえよ。気づいたら入ってたし」
「はぁ。役立たず」
「掌返し半端なくね!?」
ふん。女の子の連絡先を知らないイケメンなど魔法が使えない魔法使い以上に仕えない存在なのだよ。
「いいか? お前たちのようなイケメンがなぜ、存在しているか教えてやろうか」
「おう、ぜひ」
「それはな……俺のような普通以上イケメン未満の奴らに女の子の連絡先を教えるためだけに存在してるんだよ!」
「俺連絡先配布機!? スマホレベルじゃん!」
「はぁ? スマホ以下じゃ」
「スマホ以下とか俺はガラケーか!?」
「はぁ? ガラケーに失礼だろ」
「次郎超ショック!」
「お~っす。お前ら何してんの?」
「イケメン死ね」
「え? 朝からデス宣告?」
俺に死の宣告をされたのが俺の友人その二である木本幸太郎。こいつも鬱陶しいくらいにイケメンであり、俺が通っている高校でイケメンランキング同率一位の座をかれこれ二年ほど維持している。
こいつのモテモテ伝説の中でもっとも有名なのはバレンタインのチョコレート事件だろう。あれはモテない男どもに激震を与えた悲しい事件だった。
今年のバレンタインデーにおいてこいつは家を出てすぐに十人ほどの美人な小学生の女の子にバレンタインのチョコを貰い、さらに五メートル歩いたところでお母さんと一緒にいた幼女からチョコ、十メートル歩いたら今度は幼稚園の制服を着た幼女からチョコを貰うというまさに女の輪を通りながら学校へ登校した。
それ以来、次郎をアダルト・キラー、幸太郎をヤング・キラーという通り名のような二つ名がつけられることとなった。
俺なんて……俺なんて今まで生まれて一度もチョコを貰ったことがないんだぞ!? 普通、母親などから貰うかもしれないが俺はそれすらない!
何故か!? それは母親がチョコが大嫌いだからだ!
「で、お前はまた幼女からラブレターを貰ったのか?」
「……今度は三歳の女の子からだったよ」
「そのまま年齢を下げていって女の子の赤ちゃんからプロポーズしてもらえ」
「嫌だ! 俺だって大人の美女とエッチなことしたい!」
朝っぱら、しかも通学路のど真ん中でそんなことを叫びだすもんだから俺達と同じ制服を着た周囲の女子から「キモッ……って木戸君!」、「え、嘘!? あ! 間君も!」とそんな黄色い声が聞こえてくるからさらに俺のイライラが増してくる。
誰一人として俺のことを指さして「あ! あの子もイケメン!」、「嘘!?」みたいなことを一切言ってくれないどころか俺のことは存在していないかのようにスルーだ。
俺も人生で一回だけでいいからモテたいわ。
「あ、あの今日放課後、遊ばない?」
「マジで? 行く行く」
「お兄ちゃん! 今日学校終わったら一緒にあそぼ~」
「良いぞ~。何して遊ぶ?」
「デストロォォォォォォォォイ! イケメンリア充はデストロォォォォォイ!」
「な、何あれ。またね」
「ふぇぇ、怖いぃ」
ふん、俺の視界に貴様らが入っている限り、貴様らだけモテることは絶対に許さないからな! モテたければ俺の目を潰してから行け!
「男の嫉妬は醜いぞ」
「貴様らの間に挟まれている俺の苦労も知れ! 毎日毎日、スルーされ、女の子と目さえ合わないし、ラブレターの運び役だし、お邪魔虫扱いだし!」
「と言われても」
「どうしようもないし」
イケメンなうえに頭もよく、運動神経もそこそこ良い勝ち組のこいつらのおこぼれを狙ったことも一時期あるがそのおこぼれが俺に届く前に他の奴らに掬われて行ってしまう。
例えるなら流しそうめんで一番下に陣取ってしまい、上の奴らだけがそうめんを楽しんでいる感覚だ。
「会いたいな~。俺のエンジェルに会いたいな~」
「まあ、そのうち会うだろ。ほら、大切な人に会う確率は七十億分の一だから会うのに時間がかかってるんだって」
「次郎。お前それ男も計算に入れてるだろ。俺はホモではない!」
「あ、そうか。じゃあ三十五億分の一?」
もうやだぁ。
「とりあえず学校行こうぜ。今日朝から小テストだろ」
「ふん。ロリコンの癖に正論言いやがって」
ふと気づいたがどうやら二人には俺達の周囲に大量に浮遊している人魂には一切気づいていないらしい。
幽霊の類なのか、それともまた別の何かなのか……気にすることないか。